コンプレックスケージ
今回から夏休み編です。
蝉の鳴き声がやかましく鳴り響く。
「あっつ……」
無意識に僕はそう呟いた。
どうやら、午前中から寝ちゃってたみたいだ……。
夏休みだからって、深夜までゲームしてたのが良くないな……。
汗ばんで気色悪いTシャツを脱ぎ捨て、エアコンの冷房スイッチを押す。
「……」
スイッチを押す。
「……」
スイッチを押す。
反応はない。
僕は、冷や汗をかき始める。
もしかして……
リビングに降りると、エアコンが効いていて涼しかった。
僕はとりあえず冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに汲む。
「あれ、亮太君、目が覚めたんだ」
「あ、姉貴」
僕がそっけなく言うと
「もう! 姉貴なんて呼び方やめてって言ってるでしょ? お姉ちゃんか、華杏ちゃんって呼んでよ」
「もう高校生なんだから、恥ずかしいよ」
「えぇ~? 亮太君、まだ私より10センチも背が小さいのに、生意気言うのね?」
「うるせぇ」
僕は、コップをもってリビングのソファーに座り込む。
「なんだか亮太君、高校生になってから、お姉ちゃんに構ってくれなくて寂しいなぁ」
おね……姉貴は、そんな事を言いながら、僕の隣に当たり前のように座る。
姉貴は……いっつも良い匂いがする。
「どうして、お姉ちゃんと遊んでくれなくなったの? 中学までは、お姉ちゃんと一緒に、買い物とか付き合ってくれたのに」
「……別に」
もう分かってると思うが、僕には一つ年上の姉がいる。
初耳だって? そりゃそうだ。僕はその事をあんまり誰かに話したりしない。
正確に言うと、高校生に入ってからは、ほとんど話をしない。
中学までは、姉は有名人だったので、しょっちゅう僕はその事で弄られていた。
なんで弄られてたか。
それは、僕の姉貴が可愛いからだ。
モデル並みに可愛い。というか実際モデルをしている。
だからか、クラスの男子から何回も、姉貴のメアドを聞かれたし、パンツを盗んでこいとか、ブラジャーのサイズを調べてこいとか、何回も言われた勿論全部断ったけど。
クラスの連中が犯罪スレスレ(犯罪かもしれない)の注文を俺にしてくるのは、理由があった。
それは、
「ねぇねぇ、なんで遊んでくれなくなったの~?」
姉貴は、僕の肩に顔をこすりつけてくる。
姉貴は、重度のブラコンだからだ。
羨ましいって? 羨ましいだろう。
僕は、クラスの連中に、
「お前のお姉ちゃん可愛くていいなぁ」
と言われる度に、口では否定しながらも、内心、うちのお姉ちゃん可愛くて羨ましいだろう、って思っていた。
姉貴と一緒に買い物行く度に、周囲の目線を引くお姉ちゃんの隣を歩く自分が羨ましいだろう、って思っていた。
僕は、可愛い姉が誇らしかった。
僕も、重度のシスコンなのだと思う。
そのせいなのかもしれないが、僕は今まで誰かに恋したことがなかった。
もちろん、好きな女優とか、アイドルとかはいたけど、学校っていう空間で、お姉ちゃんよりも可愛い女子生徒はいなかった。
だから……
「昔は、こうやって甘えてみたら、ちゃんと答えてくれたのに……」
「だから言ってるだろ、もう高校生なんだから……」
「……」
姉貴は、じっと僕を睨みつける。
大きな瞳が、僕の視線をとらえて離さない。
「もしかして……好きな子とか出来たの?」
「えっ」
「好きな女の子出来たんでしょ? お姉ちゃんだから分っちゃうんだ」
姉貴は、得意げな顔で鼻を鳴らす。
「亮太君が小学二年の時、同じクラスのあゆみちゃんのことを好きだったのも知ってるし、五年生の時転校生の美咲ちゃんのこと好きだったのも知ってるよ」
「……」
あゆみちゃんも美咲ちゃんも、クラスで席が隣だっただけで、好きとかそんな感情はなかったんだけどな……。
「お姉ちゃんは何だって知ってるんだからね」
「はいはい、勝手に言って……」
プルルルルル……
「電話だ、お姉ちゃんが出るね」
姉貴は、受話器を取る。
「はい伊藤です。はい。あぁそうです。え? はい、はい。あぁ、今代わりますね」
姉貴は、受話器を耳から外して、
「亮太君、電話だよ」
「俺に? 誰?」
「亮太君のクラスの委員長さんだって」
「なっ……」
僕は急いで姉貴から受話器をふんだくる。
「あ、あ、もしもし!? どうして家の電話に……え、携帯……あ、自分の部屋に……うん、ごめん」
「あの亮太君」
「それで夏美、用って? え、夏休み中の文化祭の準備……あぁ、それは、って一回切っていい? もう一回携帯ですぐに掛けなおすから。うん、一回切るね」
僕は、受話器を置く。
「……亮太君、今の女の子って」
「ごめんお姉ちゃん! すぐに掛けなおさないといけないから!」
僕は急いで自室へと向かう。
夏美との電話に胸を弾ませながら。
残された華杏は、一人リビングでソファーに寝転がって、天井を見つめていた。
「亮太君のあんな顔……初めて見たな」
華杏は横目で電話をチラッと見る。
「なつみ……ね。覚えておこうかな……」
蝉の鳴き声が再び響き渡る。
夏休み編はあと数話続くと思います。
次回更新は古戦場前に一回挟みたいです(希望)




