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アリスとお兄ちゃんとシリーズ  作者: ピシコ
アリスとお兄ちゃんと来るべき将来
17/41

飛べない少女(delinquent )

前日譚その2です

飛べない少女



 心が渇くって言うのは、今みたいなことを言うんだろう。

 なにか、優しいものに触れたくなる。そんな感情。

 私の心は今、そういうものに飢えていた。

 こういう時、普通の女の子なら、だれに甘えるのかな……。

 友達? 今日の出来事は出来ればクラスのみんなには知られたくないな……亮太君のためにも。

 兄弟は、私にはいないし……。

 お母さん……も、もういないし……。

 父さんは……。

「……」

 気付くと私は、いつもの場所に来ていた。

 ここは、私の自宅から、歩いて20分ほどにある、どこにでもありそうな雑居ビルの入り口。

 家に帰りたくない時、ちょっと辛いことがあった時、誰かに話したいことがある時……私はこの場所に来る。

 私は、慣れた足取りでビルの階段を登っていく。

 この雑居ビルの三階にあるのは、とある探偵事務所。

 その名も、海森探偵事務所。

「ここに来るの、二週間ぶりぐらい……」 

 私は、少し緊張しながら、ドアを開ける。

「こんにちは。蝉郎さん、居ますか……って」

 部屋に入った途端、異様な光景を目にする。

「蝉郎さん! どうして、床に倒れて……」

 慌てて倒れていた蝉郎さんに駆け寄ると、蝉郎さんは、「うーん」とボヤけた声を出して、

「その声は夏美ちゃん……?」

「蝉郎さん! しっかりして下さい! どうして床に倒れてたんですか?」

「床に……あぁ、いや、別にこれはただ単に床の上で寝ていただけだよ」

「……え?」

「床の上は、冷たくて気持ちいいんだ」

「……」

 私は、そうだこの人は、こういう人だった……と思い出していた。

「蝉郎さん、久しぶりにこの事務所に来ましたけど、なんでまたこんなに散らかっているんですか? 二週間前に私が綺麗に掃除しましたよね?」

「え~? そんなに汚いかなぁ。僕は普通に過ごしていただけなのに」

 私は、床に散らばった大量の本、空になったままのポテチの袋。割りばしが入ったカップ麺たちを見やる。

「……とりあえずまた掃除はやっときますから、蝉郎さんはゴミ出しお願いしますね」

「そんなに汚いかなぁ」

「……別に私は掃除しなくてもいいんですよ」

「いやぁ、夏美ちゃんはいっつも優しくてほんと助かるよぉ」

 はぁ……。この人が私立探偵を営んでいるのか本当に謎ね……。



 私が事務所内を掃除して、ごみをまとめるまで、大体30分かかった。日によっては、一時間以上かかる日もあるので、確かに、今日はゴミが少ないかもしれない。

「それで、今日はどうしたんだい? 久々だったじゃないか」

 蝉郎さんは、私の淹れた熱々のお茶をぐいぐい飲んでそう言いだした。

「確か、夏美ちゃんはクラスの学級委員だったよね。やっぱり委員長さんは忙しいのかな」

「……まぁ、たまに忙しい日もありますけど、普段はそこまでです」

「何か、僕に聞いて欲しいことがあるんじゃないのかな」

「……分かりますか?」

「ふふっ、こう見えても僕は探偵なのでね」

 蝉郎さんは、そう言ってにんまりと笑う。

 その表情は、まだ高校生のようだ(本当は30は超えてるはずなのに)。

「それに、夏美ちゃんとも長い付き合いだしね」

「初めて蝉郎さんと会ってから、もう5年は経ちます」

「五年! そうか……もうそんなに経つのか……その間、夏美ちゃんには掃除してもらったり、洗濯してもらったり、料理作ってもらったり……いやぁ、夏美ちゃんのおかげで色々助かったなぁ」

「最近は、あまり来てませんでしたけど、中学の頃は毎日の用に来てましたから……」

「ふふっ、懐かしいね……最近はそんなに顔を見せなくなったから寂しいと思っていたけど……今日もここに来たってことは、まだ、居辛いんだね?」

「……たまに……ですけど」

「……そうか」

「……あぁ、今日は、そのことじゃなくて、私、実は、クラスの子を……傷つけてしまって」

 言いながら、私は、色々な後悔が渦巻いていく。

「ある男の子から、告白されて……でも、それを振ってしまったんです」

「青春じゃないか。でも、夏美ちゃんは美人だから、告白も何回かあるんじゃないの?」

「……いつもお断りしてたんですけど、今回は……その、彼は本当に私の事を好きなんだって、伝わって来て……」

「……」

「私、最初、思ったんです。付き合ってあげよう。彼は本当にいい子で、私の事を好きでいてくれる。だったら付き合っても良いんじゃないかって」

 蝉郎さんは、優しい顔で聞いてくれている。

「でも、私は、自分でその考えが、なんて彼に失礼なんだろうって、真剣な彼の姿を思い出すたびに思って来て……」

「だから。振ったんだね」

「……はい。私、明日学校で、彼にどんな顔をすればいいのか分からなくて……」

「夏美ちゃん、君は、優しい子だから、きっと彼が傷つかない方法を必死に考えただろう」

 蝉郎さんは、私の頭を優しく撫でる。

「きっと、彼も君の優しさに気付いているよ。彼だって、きっとそんな君の優しさに惚れたんだろうからね」

「……」

「大丈夫。男はね、一度好きになった女の人を中々忘れられない生き物なのさ。だから、明日からも一緒のクラスで仲良く出来るよ」

「蝉郎さん……」

 


 あぁ。蝉郎さんは優しいな。

 蝉郎さんが、お父さんだったいいのにな。

 蝉郎さんと出会ったあの日から。私が蝉郎さんの事務所に通うようになったあの日。お母さんが死んだ三日後のあの日から。

 私はずっとそう思っている。

 

 ねぇ、亮太君。

 私は本当にいい子なんかじゃない。

 私は、私の問題をほったらかしにして、優しい誰かを父のように慕って、辛い現実(かてい)から逃げているの。

 蝉郎さんは、いっつも笑って私を迎えてくれるけど、本当はどう思っているんだろう。

 私の事、娘だと思っているのかな。

 蝉郎さんは私の事を何でも知ってる。

 私がなんでも話したから。

 でも、蝉郎さんは私に何も自分の事を教えてくれない。

 結婚しているのかも知らない。

 何歳なのかもしれない。

 あの時自暴自棄だった私を、どうして蝉郎さんが見つけてくれてたのかもわからない。

 分からないことだらけだ。

 でも……。

 「きっと夏美ちゃんなら大丈夫だよ」

 蝉郎さんの手は、あたたかい……。



「それじゃあ、私はそろそろ帰ります。蝉郎さん、事務所の中は綺麗にしといてくださいね」

「夏美ちゃん、今度来るときは、久しぶりにオムレツを作ってくれないか。久しぶりに食べたいんだ」

「覚えていれば、持ってきますね。それじゃ」

 ガタン、と音を立ててドアが閉まる。

「……よく、似てきたな」

 蝉郎は、携帯を取り出し、電話をかけ始める。

「あぁ、もしもし。今仕事中? あぁ、それは良かった。今日、夏美ちゃんが久々にうちのところに来たよ」

 蝉郎は、窓際に立ち、歩いていく夏美を見つめている。

「ああ、元気そうで何より……ふっ、お前に言われたくはないな」

 蝉郎は、机の引き出しから、男二人、女一人が並んでいる少し古ぼけた写真を手に取る。

「もう五年か……いや、時が経つのは早いもんだと……事件と同じで、そっちの問題も解決すればいいのにねぇ……あぁ、仕事中に邪魔した。またそっちでなんかあったら連絡くれ」

 蝉郎は、通話を切ると、手に取った写真を数分ほど見つめた。

「五年か……」

 蝉郎はそう呟くと、写真を机の引き出しにしまった。

   

前日譚があと一、二回続くと思います……?

更新は三日後!(多分無理)

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