アリスとお兄ちゃんと来るべき将来
一か月も間が開きました
七月だというのに、教室の窓から入ってくる風は、サラっとしていて気持ちがいい。
期末試験をなんとか終えて、明日は一学期の終業式。
今日は、テスト返しの日で、私は正直ドキドキしていたけど(特に数学!)なんとか許容範囲内の点数で済んだわ。
あ、今ちょっと私の事バカだと思ったでしょ?
言っておくけど、国語と英語は90点以上取ったんだからね!
とまぁ、今日はこのまま、午前中には学校は終わって、その後、真衣とこの前行ったショッピングモールで、噂のアイスクリームを食べに行くつもりなんだけど……
「……はぁ」
私は幾度目かの溜息を付いた。
私を悩ますのは、目の前にある一枚のプリント。
そのプリントには「進路希望調査」と書かれている。
進路希望ね……。
正直に言ってしまえば、私には将来の夢ってやつがない。
子供のころは、大好きだった幼稚園の先生に憧れて、先生って職業になろうかと考えた時もあったけど、今はそんなつもりは全然ない。
っていうか高校一年生って、みんな将来の夢とか真剣に考えているの?
私はふと、クラス全体を見回す。
約三か月の間、同じ教室で過ごしたクラスメイト達……みんなは、本当に将来の夢ってものを既に描いているのかな……?
「……」
私はプリントに、「幼稚園の先生」と書いた。
とても、かすれそうな字で。
「アーリースっ!」
ホームルームが終わるなり、後ろの席の真衣が、勢いよく私の肩を掴んだ。
「なによぉ」
「なにアリス、へばった顔しちゃって。もしかして夏バテ? でも今日は涼しいのに」
「……真衣は、さっきの進路相談の紙になんて書いたの?」
「え? 私? 私はもちろんマジシャンって書いたよ」
「……マジシャンって職業……?」
「職業でしょ!」
真衣は胸を張って答える。
真衣が手品が大好きで得意なのは知ってるけど、本当にマジシャンを目指してるなんて……。
「でも、マジシャンってどうやってなるの?」
「さぁ?」
予想外の答えが返ってきた。
「あんまり知らないけど、私はマジシャンになる以外の未来を認めないわ」
「……なんで真衣はマジシャンになろうと思ったの?」
「アリスは、B・Wってマジシャン知ってる?」
ビーダブリュー……聞いたことあるような。
「もう、10年以上前、世界中で活躍した凄腕のマジシャン。B・Wっていうのは黒と白の事を指していて、いっつも黒と白のチェック柄の衣装を来てステージに立っていたの」
真衣は、早口で捲したてる。
「彼は、どんな手品も出来た。子供騙しのような簡単な手品も、息を呑むような脱出ショーまで。彼は完璧にこなす。そして、いつだって笑顔を忘れない。見てくれているお客さんのことを第一に思っている……私の憧れの人」
私は、こんな表情の真衣を見たことがなかった。
いつだってクールで、ポーカーフェイスで。そう、マジシャンのような立ち振る舞いをしていた真衣が、まるで、憧れの王子様を思う女の子みたい……。
「……でも、今から7年と4か月前、彼は突然世間から姿を消してしまったの。事実上の引退ね」
「そうなんだ……でもなんで引退しちゃったの?」
「それが分からないのよね……噂では、あまりのハードスケジュールに嫌気がさしたなんて話もあるけど、私には信じられないわ。ビデオに残ってる彼の表情からは、そんな素振り全然伝わってこないし」
ビデオ……まぁ、昔の人の映像を見るためには必要かな……。
「それで、アリス。あなたの進路希望は何なの?」
「えっ? えっと……」
「大丈夫大丈夫。どんなのだって、私は笑ったりしないわ」
「いや……そう言うことじゃなくて……」
自信満々に自分の進路について語れる真衣に、何も決めきれない私の話をするのはなんだか恥ずかしい……。
「ほらほら、言ってみなさいよ」
「……一応、幼稚園の先生って書いた……んだけど」
「へぇ、良いじゃない。幼稚園の先生なんて。私はアリスは、モデルとかが向いてると思ったんだけど、先生も良いと思うよ」
「も、モデル? なんで? 私のスタイルでモデルなんて……真衣の方が、よっぽど向いてるわよ」
「こんなに可愛らしい、お人形のような女の子、滅多にいないと思うのになぁ」
真衣は、私の毛先を弄りながらくすくすと笑う。
「うるさいわね……お人形みたいって、本当にそれ、褒め言葉なのかしら」
「……アリスは、もっと自分に自信を持てばいいのに……」
真衣は、小声で何か呟いたみたいだけど、よく聞き取れなかった。
「アリスちゃん、先生になりたいんだ」
不意に、クラス委員長の夏美が、声をかけた。
「なによ夏美。盗み聞き?」
「ごめんごめん。つい耳に入っちゃって」
「委員長は、さっきの進路希望になんて書いたの?」
「私も学校の先生って書いたの」
「へぇ、アリスと一緒じゃない」
「うん……」
同じかもしれないけど、夏美はしっかり考えたうえで先生を目指してるんだろうな……。
「でも、私、本当は、先生になるつもりはないの」
「え?」
予想外の答えが返ってきた。
「一応、何か書いとかないとって思って先生って書いただけで……他になりたいもの……」
夏美は少し口をつぐんだ後、
「私、あんまり将来の事はまだ、考えてなくて……」
そう言って苦笑した。
「夏美……」
私は思わず夏美の手を取って
「アリスちゃん?」
「そうだよねそうだよね……進路希望とか、全然考えてないよね……!」
私が、思わぬ仲間がいたことに感動していると、
「聞けお前ら! 俺の進路を!」
甲高い声でそう叫んだのは、言うまでもなく亮太だ。
「聞いてない」
「うるせぇアリス! 俺はお前に聞いて欲しいわけじゃねぇし!」
「今お前らって言ったじゃない!」
「うるせぇ! お前以外の二人に言ったんだよ!」
相変わらず、私には噛みついてくるわねこいつは!
「亮太君は、進路希望なんて書いたの?」
夏美がそう聞くと、亮太は鼻を鳴らし
「俺は、将来警察官を目指しているんだ。そんでもって、この灰色の脳細胞を駆使して、難解事件をバシバシ解決するのさ!」
「警察ねぇ……」
「なんだよアリス」
「あんたみたいな、チビに人を取り締まれるの?」
「そんな野蛮なことは、脳筋の連中に任せればいいのさ」
「……亮太君、警察官になりたいんだ……」
「ああ、そうだよ」
「……警察って危ないよ?」
「そりゃそうだけどさ、俺の夢だから、そんなことじゃ諦めきれないよ」
「……」
心なしか、夏美の表情は暗い。
「夏美? どうした? 具合悪いのか?」
「ううん、何でもないの。ところでアリスちゃん、この後、どこか行く予定ある?」
「私と真衣は、この後、この前言ったショッピングモールでアイスを食べに行く予定なの。夏美も一緒に行く?」
「一緒に行って大丈夫?」
「いいよね真衣」
「勿論」
「なんだ、お前らもあそこに行くのか」
「亮太もこの後行くの?」
「ああ。太平の奴と一緒に、新しいボードゲームを買うんだ」
「椎名君も行くんだ」
「まぁ、一緒に行ってやってもいいぞ」
私は、また上から目線……って言おうと思ったけど、亮太の気持ちに気づいて、
「まぁ、一緒に行きましょ。ナンパはしっかり守ってよね」
「どうせ、お前はナンパされないだろうが、仕方ないな」
本当に、一言多いのよ相変わらず!
「太平、お前も別にいいよな。みんな一緒で」
亮太がそう言うと、椎名君はいつもの低音ボイスで、
「亮太が良いならいいよ」
と答えた。
多分椎名君も、亮太の恋心を知ってるんだろうな……。
「よーしそれじゃあ出発だ」
亮太はそう言うと、さっさと教室から出ていく。
夏美と椎名君もそれについていくように教室から出ていく。
「私たちも行きましょ」
「そうねアリス」
私たちが、教室から出ようとすると、真衣が急に立ち止まった。
「真衣?」
真衣の視線の先には、席に座ったままの渡辺さんと目が合った。
「あ、渡辺さん。渡辺さんも一緒にお買い物行く?」
私が何の気無しに渡辺さんにそう話しかけると、渡辺さんは、少しオドオドとした様子で、
「えっと~真衣ちゃんがいいなら……」
「真衣? 真衣は良いよね? 渡辺さんも一緒にいて」
「そんな目で……」
「え?」
「勿論。なべ子も一緒に行きましょ」
真衣がそう言うと、渡辺さんは、ぱぁっと笑顔になって
「誘ってくれてありがとうアリスちゃん~今日はいっぱいお洋服選んでいいのよね~?」
「……お人形扱いはごめんよ?」
「ふふふっ、さぁ、行きましょ。こんな大所帯になるなんて、思いもしなかったわ」
下駄箱に降りると、先に行った三人が待っていた。
「さっき、ここで七戸の奴にあったぜ。あいつにも誘ってみたけど。なんでも荷造りで忙しいらしい。夜逃げでもするつもりなのかな?」
亮太はそう言ってるけど、真由美の実家は東北だ。多分夏休みを利用して、実家に帰るんだろう。
お土産をくれるよう、後でメールしておこう。
「さぁ、今度こそ出発だ!」
カツカツと、ローファーで蹴る音が鳴り響く。
下駄箱を抜けると、夏の日差しが燦燦と私たちを照らした。
季節は夏。
私たちの高校生活において、最初の夏休みがもうすぐやってくる。
光古戦場が終わったら書き始めます……




