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### 【資料63】王立魔法学院・旧適性検査台帳
検査実施日:王国暦750年4月16日/対象年齢:八歳
王立魔法学院の地下書庫から発見された旧台帳には、アレン・ヴァルハイトの幼少期の検査結果が記載されていた。
対象者: アレン・ヴァルハイト
検査目的: 魔力保有量、属性適性、魔力制御能力の測定
検査結果:
- 魔力保有量:検出限界以下
- 属性適性:判定不能
- 魔力制御能力:判定不能
- 魔法発動試験:不成立
付記: 測定器に微弱な数値変動あり。
担当者所見: 測定器の故障、または検査環境の影響が疑われる。
再検査: 未実施
この台帳は、アレンが八歳の時点で魔力を持たないと判定された根拠の一つである。
しかし、当時の検査規定を確認すると、測定値が不安定な場合には、測定器を交換して再検査を行うことが定められていた。
アレンの検査では、再検査を推奨する記録が残っているにもかかわらず、その後の検査結果が存在しない。
さらに、台帳の管理番号を調べたところ、同日に実施された他の児童の検査記録には、すべて再検査の有無が記されていた。
アレンの記録だけが、途中で途切れていたのである。
### 【資料64】検査担当者・業務日誌の抜粋
王国暦750年4月16日/記録者:マティアス・ベルン
> 午前の検査において、ヴァルハイト公爵家の三男に異常値が発生。
>
> 測定器を交換しても数値の変動が確認されたため、責任者への報告を予定。
>
> ただし、本人の魔法発動は確認できず、通常の判定基準では適性なしとなる。
>
> 午後、検査結果の取り扱いについて事務局より指示あり。
>
> 再検査は不要とのこと。
>
> 指示理由については、記録を残さないよう求められた。
この業務日誌は、旧台帳とは別の場所に保管されていた。
筆跡鑑定によって、検査担当者マティアス本人が記したものと確認されている。
ただし、事務局からの指示を出した人物は特定されていない。
また、この指示がアレンの家族からの要請によるものだったと示す証拠も、現在まで発見されていない。
したがって、検査結果の取り扱いに何らかの不自然さがあったことは確認できるものの、意図的な隠蔽があったと断定することはできない。
一方で、当時の検査規定に照らせば、再検査が行われなかった理由には説明が必要である。
この問題は、アレンの追放処分を再検討する際にも取り上げられることになる。
### 【資料65】王立魔道具研究所・技術照会回答書
王国暦758年6月23日/宛先:王立魔法学院資料管理部
照会事項: 旧式魔力測定器における数値変動の解釈について。
回答者: ユリウス・フェルナー
回答要旨:
旧式測定器は、魔力保有量を測定する目的で設計されている。
しかし、測定器の数値変動が必ずしも魔力保有量を示すとは限らない。
測定対象の周囲に特殊な魔力現象が存在する場合、あるいは測定器の構造と測定対象の特性が適合していない場合には、通常の判定基準から外れた数値が発生する可能性がある。
したがって、数値変動が確認された場合には、測定器の交換、環境条件の変更、別方式による再測定が望ましい。
結論: 旧台帳に記録された数値変動のみから、対象者に特殊な能力が存在したと断定することはできない。ただし、魔力保有量がゼロであると確定する根拠としても、追加検証が必要である。
この回答書は、アレンの過去の検査結果について、王立魔道具研究所が初めて公式に見解を示した文書である。
回答は慎重なものだった。
アレンに特殊な能力があったとは断定していない。
しかし、従来の検査結果だけで、彼に何の能力もなかったと判断することにも疑問を呈している。
王立魔法学院は、この回答を受けて旧台帳の再調査を開始した。
ところが、調査の過程で別の問題が見つかった。
当時の検査結果を最終的に承認した人物が、アレンの父グラディウス・ヴァルハイト公爵と面識のある貴族だったのである。
### 【資料66】王立魔法学院・検査結果承認記録
王国暦750年4月17日
対象者: アレン・ヴァルハイト
一次判定: 魔力反応なし
再検査推奨: あり
最終判定: 魔力適性なし
承認者: 教務監督官ローデリック・ハインツ
承認日: 王国暦750年4月17日
承認理由: 一次判定に基づき処理。
備考: 再検査を実施しない理由について、記載なし。
ローデリック・ハインツは、当時、貴族子弟の教育と魔法適性検査の管理を担当していた。
公爵家との交流があったことは、社交記録から確認されている。
しかし、アレンの検査結果について、グラディウス公爵から直接的な要請を受けた記録は存在しない。
後世の研究者の間では、いくつかの説が提示されている。
一つは、貴族子弟の検査を迅速に処理するため、再検査を省略したという説。
もう一つは、測定器の異常を重大な問題と認識せず、通常の判定を優先したという説。
さらに、アレンが当時すでに「魔法を使えない子供」として周囲に認識されていたため、担当者たちが追加調査の必要性を低く見積もった可能性も指摘されている。
いずれも、現存する資料だけでは確定できない。
ただし、これらの記録から明らかになるのは、アレンの能力が十分に検証されたうえで否定されたわけではなかった、ということである。
### 【資料67】アレン・ヴァルハイト研究ノート・第十二葉
推定記載時期:王国暦758年6月下旬
王立魔道具研究所での調査期間中、アレンは幼少期の検査記録を確認する機会を得たとされる。
その際に作成されたと考えられる研究ノートには、次の記述が残っている。
> 「過去の測定結果を調べる。
>
> ただし、過去の判定をそのまま結論にしない。
>
> 測定器が何を測っていたのか。
>
> 何を測れなかったのか。
>
> その違いを確認する。
>
> 測れなかったものを、存在しなかったものとして記録するのは危険だ。」
この記述が、追放の事実を受け入れられないという感情から書かれたものなのか、それとも純粋な研究上の注意として書かれたものなのかは分からない。
アレンは、自らの追放を不当だと訴える文書を残していない。
父や兄姉に対して、再検査を要求した記録も存在しない。
彼が行ったのは、過去の判定を感情的に否定することではなく、その判定がどのような手順で行われたのかを調べることだった。
この姿勢は、その後の研究活動にも一貫して見られる。
彼は、自分に都合のよい結果だけを採用しなかった。
実験が失敗すれば、その結果も記録した。
予想と異なる現象が起きれば、仮説の方を見直した。
後に彼の研究ノートを整理した王立歴史院の研究員は、次のように評している。
「アレンは自分が正しいと証明しようとしたのではない。何が正しいのかを確かめようとしていた」
### 【資料68】《星脈観測器》第三次調査・実験結果
王国暦758年6月25日
実験目的: 装置の反応と、実験参加者の位置関係を調査する。
実験方法: 装置と測定器の位置を固定し、参加者を一定間隔で移動させる。
| 実験番号 | 参加者の位置 | 測定結果 |
| ---- | --------- | ------- |
| 1 | 装置から五メートル | 明確な反応なし |
| 2 | 装置から三メートル | 微弱な変動 |
| 3 | 装置から一メートル | 複数回の変動 |
| 4 | 装置から三メートル | 微弱な変動 |
| 5 | 装置から五メートル | 明確な反応なし |
参加者: アレン・ヴァルハイト
再現性: 限定的に確認。
注意事項: 実験回数が不足しているため、距離と反応の関係を確定するには追加検証が必要。
この実験結果は、研究所内で大きな議論を呼んだ。
アレンが装置に近づくほど、測定器の反応が増える傾向が確認されたためである。
しかし、彼自身から魔力が検出されたわけではない。
装置が彼の存在を検知しているのか、彼が近づいたことで周辺の何らかの条件が変化しているのか、その区別もできなかった。
ユリウスは、装置の外周部に刻まれた記号を再調査することにした。
これまで装飾や識別記号と考えられていた刻印が、実際には装置の反応を調整するための構造である可能性が浮上したからである。
刻印の形状を既存の古代文字資料と比較した結果、研究員たちは、それまでの解釈を変更する必要に迫られた。
### 【資料69】古代文字研究室・刻印解析報告書
王国暦758年6月28日/機密区分:第三級
解析対象: 《星脈観測器》外周部の刻印
従来の解釈: 製造者の識別記号、または装飾
新たな解釈: 機能を示す記号である可能性
確認事項:
- 刻印は三重環の配置と対応している。
- 同一の記号が、異なる位置に複数回使用されている。
- 一部の記号は、現代の魔法回路における接続記号と似た特徴を持つ。
- ただし、意味を完全に解読するには至っていない。
暫定結論: 装置の用途を判断するには、刻印と可動環の関係をさらに調査する必要がある。
刻印の解析は、古代文字研究室に所属する三名の研究者によって行われた。
その結果、装置の外周部にあった記号は、単なる装飾ではない可能性が高まった。
しかし、記号の意味は完全には解明されなかった。
古代文字研究室は、これらの記号が現代の魔法回路に似ていることを認めつつも、同一の体系に属すると断定することを避けた。
アレンは解析報告書を受け取ると、刻印の配置を三重環の位置と照合した。
その作業の後、彼は研究所へ一つの提案を提出した。
三つの環を別々に調べるのではなく、それぞれの環が特定の位置関係になった場合に、装置全体がどのような反応を示すかを調べるというものだった。
研究所はこの提案を承認した。
ただし、環を無理に動かすことは禁止された。
アレンは、自然に動いた位置と、その時点での測定値を記録し、同じ状態が再び発生するのを待つことになった。
### 【資料70】王立魔道具研究所・臨時観察記録
王国暦758年7月1日/午前9時12分
観察対象: 《星脈観測器》
観察参加者: アレン・ヴァルハイト、ユリウス・フェルナー
観察内容:
装置を通常の保管状態に置き、測定器による記録を継続した。
午前9時12分、第二環が微小に回転。
約二秒後、第三環が反対方向へ回転。
さらに一秒後、第一環が回転。
三つの環がそれぞれ異なる位置で停止した。
その直後、外周部の刻印付近で微弱な魔力反応を確認。
測定器の針は通常の測定範囲をわずかに超えたが、装置から明確な魔力の放出は確認されなかった。
装置の状態: 三重環の位置が、過去の記録にない配置となった。
追加所見: アレン・ヴァルハイトが装置に接近した直後、測定器の反応が一時的に増加。
結果: 原因不明。観察を継続する。
この記録は、《星脈観測器》の研究において最も重要な転換点の一つとされている。
三重環が自然に動き、それぞれが異なる位置で停止した。
そして、その状態になった直後、装置の外周部で魔力反応が確認されたのである。
アレンは、環の位置と刻印の配置を記録した後、ユリウスに一つの確認を求めた。
その発言は、観察記録の末尾に残されている。
> 「この装置は、魔力を使って動くものだと決まっているのでしょうか」
ユリウスは、すぐには回答できなかった。
七年間、研究所の技術者たちは、装置を魔力で起動させる方法を探してきた。
しかし、装置が魔力を使って動くという前提自体を、実験によって証明した記録はなかった。
それは、研究所の誰もが当然のものとして扱ってきた仮定だったのである。
## 【資料71】王立歴史院・第八話総括
アレン・ヴァルハイトの幼少期の適性検査には、通常の判定では説明できない数値変動が記録されていた。
再検査が推奨されていたにもかかわらず、追加検査は実施されなかった。
その理由は、現存する資料からは特定できない。
しかし、この記録を調べた王立魔道具研究所は、魔力反応が検出されないことと、魔力に関する現象が一切存在しないことは同義ではないと指摘した。
同じ時期、《星脈観測器》の研究でも、従来の前提を見直す必要性が生じていた。
装置が魔力によって起動するという考え方は、長年の研究を通じて当然視されてきた。
だが、その前提を直接裏付ける証拠は見つかっていなかった。
アレンは、装置の構造を観察し、刻印を比較し、環の動作を記録することで、研究者たちが見落としていた可能性を示した。
この段階では、彼の能力の正体も、装置の用途も不明だった。
ただし、彼の調査によって、一つの重要な問いが生まれた。
魔力がなければ魔道具を扱えないという常識は、本当に正しいのか。
そして、王国暦758年7月2日。
研究所は、三重環が特定の位置関係になった際の記録を整理していた。
その最中、アレンが提出した図面の一部が、王都の古文書庫に保管されていた別の資料と一致することが判明した。
その資料は、現在の魔法体系が成立するよりもはるか昔に作成されたものだった。
表題は、古代文字でわずか四文字。
研究所の翻訳担当者は、暫定訳として次の言葉を記した。
「世界接続装置」
その瞬間、《星脈観測器》の研究は、単なる古代魔道具の解析ではなくなった。




