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### 【資料17】エルム冒険者ギルド・初回依頼受注票
王国暦758年3月30日/依頼番号:H-031
依頼主:エルム冒険者ギルド
依頼名: 北の森・薬草採取
依頼ランク: G(新人向け)
採取対象: 青葉草
必要数量: 二十株
報酬: 銅貨十五枚
危険度: 低
受注者: アレン・ヴァルハイト
注意事項: 森の奥へ進入しないこと。魔物を発見した場合は、速やかに撤退すること。
本依頼は、冒険者登録を済ませた者が最初に受注する仕事として知られていた。
青葉草は、初級回復薬の原料となる一般的な薬草である。エルムの町周辺では比較的容易に採取でき、特別な技術も必要としない。
当時のギルド基準では、二十株の採取に要する時間は、およそ二時間と見積もられていた。
しかし、アレンの依頼完了報告書には、採取数量以外の情報が大量に記載されていた。
そのため、当初は提出書類の不備として処理されかけたのである。
### 【資料18】依頼完了報告書
提出日:王国暦758年3月30日/提出者:アレン・ヴァルハイト
第一項:採取結果
青葉草、規定数量二十株を採取。
うち、根部を損傷していないもの十八株。残り二株については、採取時の損傷を確認。
第二項:生育環境
北の森入口付近では、日照量の多い場所ほど葉の成長が早い傾向が見られた。
一方、木陰の湿潤な土壌で生育した個体は、葉の色が濃く、茎が太い。
第三項:採取上の注意
根部を傷つけずに採取した個体は、適切な環境下で再生する可能性がある。
同一地点から大量に採取するより、採取地点を分散させたほうが、長期的な採取効率を維持できると考えられる。
第四項:周辺環境
森の北東部において、地面に複数の足跡を確認。
足跡の間隔、深さ、進行方向から、複数個体の小型魔物が定期的に移動している可能性がある。
第五項:未登録構造物
森の北東部に石造物を確認。
現行の町周辺地図には記載なし。
危険性を確認できなかったため、接近調査は実施せず。
添付資料: 手描き地図一枚、観察記録三枚。
この報告書を確認した当日の受付係は、後年の証言で次のように述べている。
「薬草を採ってきてください、とお願いしたんです。森の調査を頼んだ覚えはありません」
ギルドの規定では、依頼達成に直接関係しない情報は、通常、評価の対象にならない。
そのため、報告書は一度、差し戻しの対象となった。
しかし、添付された地図の存在が、事態を変えることになる。
### 【資料19】冒険者ギルド内部連絡票
王国暦758年3月30日/機密区分:内部業務資料
件名: 新規登録冒険者の提出資料について
対象者: アレン・ヴァルハイト
確認事項:
一、薬草採取依頼は規定どおり達成されている。
二、添付地図の精度は、既存の簡易地図と比較しても高い。
三、魔物の足跡に関する観察記録は、現地調査の参考資料として利用可能。
四、石造物の位置情報については、別途確認を要する。
処理方針:
依頼達成を正式に認定する。
追加資料については、調査担当部署へ転送する。
この連絡票により、アレンの初回依頼は正式に達成扱いとなった。
ただし、報酬は規定どおり銅貨十五枚。
追加資料に対する特別報酬は支払われていない。
後年、ギルドの監査委員会は、この対応について「規則上の問題はなかったが、情報の価値を評価する仕組みが不十分だった」と結論づけている。
なお、当時のギルド受付係ミリア・エストは、この日を境にアレンの提出書類をすべて複写して保管するようになったという。
その理由を記した業務日誌が残されている。
### 【資料20】ミリア・エスト業務日誌
王国暦758年3月30日
> 本日、登録番号A-0001の冒険者が依頼を達成。
>
> 報告書の内容が、依頼の規模に対して過剰。
>
> 薬草の生育条件、土壌、足跡、地図の誤差まで記録している。
>
> 本人に理由を尋ねたところ、「次に同じ場所へ来たとき、比較できるようにするため」と回答。
>
> 何と比較するのか尋ねると、「今日の記録とです」とのこと。
>
> 意味は理解できたが、通常の冒険者がそこまでする理由はわからない。
>
> ただし、地図の精度は高い。
>
> 今後、彼が提出した資料は捨てずに保管すること。
この日誌は、アレンの人物像を知るうえで重要な一次資料とされる。
特に注目されるのは、彼が自分の観察結果を、後の観察結果と比較することを前提としていた点である。
当時の冒険者の多くは、依頼を達成し、報酬を受け取れば仕事を終えた。
アレンは違った。
依頼の完了は、次の調査のための記録でもあった。
この姿勢は、その後の彼の活動全体に共通して見られる。
### 【資料21】薬草商組合・品質検査記録
王国暦758年3月31日/検査番号:H-88
アレンが納品した青葉草の品質について、ギルドから委託を受けた薬草商組合が検査を実施した。
検査対象: 青葉草十八株
検査項目: 葉の状態、根部の損傷、鮮度
結果:
- 葉の状態:良好
- 根部の損傷:軽微
- 鮮度:良好
- 薬効成分:標準範囲内
総合評価: 通常の採取品と比較して、品質が安定している。
検査担当者の補足によれば、青葉草の採取では、根部を傷つけることが珍しくなかった。
しかし、アレンの採取品は、十八株のうち十六株が、根部に目立った損傷のない状態で提出されていた。
この結果だけで特別な技術があったと断定することはできない。
一方、同じ時期にアレンが採取した薬草の品質が、その後も安定していたことを示す記録が複数残されている。
後世の研究者の一部は、彼が植物の生育条件だけでなく、採取方法と品質の関係についても早い段階から検討していたと考えている。
もっとも、本人が薬草研究を目的としていたのか、それとも観察の一環として記録していたのかは不明である。
### 【資料22】エルム北部森林・地形調査依頼書
王国暦758年4月2日/依頼番号:S-014
アレンの初回報告書に含まれていた石造物の位置情報を受け、ギルドは別の冒険者二名を現地調査に派遣した。
調査目的: 未登録石造物の確認
調査区域: エルム北部森林・北東区画
調査人員: 冒険者二名
調査結果: 石造物を確認
構造: 地表に露出した石壁および階段状の構造
危険性: 未判定
追加対応: ギルド調査部門による再調査を要請
調査報告書には、現場の略図が添付されている。
石造物は自然の岩場とは異なり、一定の規則性を持って配置されていた。
しかし、入口と考えられる部分は土砂に埋もれており、内部の構造は確認できなかった。
当時の調査員は、古代遺跡の可能性を指摘しながらも、危険性を理由に本格的な調査を見送った。
この判断自体は、当時の規則に照らして妥当だったと考えられる。
問題は、アレンが初回の薬草採取依頼で、その位置を特定していたことである。
一般的な新人冒険者が、わずか数時間の採取依頼中に未登録の石造物を発見する確率について、当時の統計は存在しない。
### 【資料23】エルム冒険者ギルド・職員会議記録
王国暦758年4月3日
議題: 新人冒険者アレン・ヴァルハイトの提出資料について。
出席者はギルド支部長、調査担当者、受付係ミリア・エストほか三名。
支部長の発言要旨
「薬草採取の報告書として扱うには、情報量が多すぎる」
調査担当者の発言要旨
「地図の精度は認める。ただし、本人に調査能力があるのか、単に偶然発見したのかは判断できない」
受付係ミリア・エストの発言要旨
「少なくとも、報告書の内容は正確です。本人の能力を判断する前に、提出資料を無視するべきではありません」
会議の結論は、アレンを特別扱いしない一方で、今後の提出資料を調査担当者が確認するというものだった。
この時点では、彼の冒険者ランクは依然として最低ランクのGである。
討伐実績はなし。
戦闘能力の評価もなし。
魔法の使用実績もなし。
ギルドの公式分類において、彼は依然として最下位の新人だった。
しかし、資料の末尾には、別の記録が追加されている。
### 【資料24】アレン・ヴァルハイト提出・追加調査報告書
提出日:王国暦758年4月4日/添付資料:四枚
報告題目:北の森における魔物の移動と地形の関係
第一項:観察内容
北の森で確認した足跡は、一定の経路に集中している。
第二項:地形との関係
足跡の多くは、石の露出した地面を避け、柔らかい土壌を通過している。
第三項:仮説
魔物は移動の際、地面の状態に応じて経路を選択している可能性がある。
第四項:追加確認の必要性
同じ地点で複数日にわたり足跡を記録し、移動経路の変化を比較する必要がある。
第五項:備考
石造物付近では、足跡の分布が周辺区域と異なっていた。
追加調査を推奨する。
この報告書の提出後、ギルド調査担当者は、魔物の足跡が集中する区域と石造物の位置を重ね合わせた地図を作成した。
すると、ある傾向が浮かび上がった。
石造物の周辺では、魔物の足跡が不自然なほど少なかったのである。
当初は、地形の違いによるものと考えられた。
しかし、過去の巡回記録を調べると、同じ区域では数年間にわたって大型魔物の目撃情報がほとんどなかったことが判明した。
調査担当者は、石造物と魔物の出現頻度に関連がある可能性を指摘した。
この発見は、後に北部森林の調査計画を変更するきっかけとなる。
そして、アレンが提出した地図は、ギルド支部の資料庫に保管されることになった。
## 【資料25】王立歴史院のメモワール
アレン・ヴァルハイトの冒険者としての第一週は、戦闘実績も高額報酬もない、ごく平凡な期間だった。
彼のランクはG。
依頼報酬は銅貨十五枚。
最初に達成した仕事は、薬草採取。
この数字だけを見れば、彼が後に王国の歴史を変える人物になると予想することは困難である。
しかし、残された記録は、彼が単なる新人冒険者ではなかったことを示している。
薬草の生育条件を記録する。
魔物の足跡を比較する。
既存の地図にない構造物を発見する。
そして、それらの情報を一つの報告書にまとめる。
こうした行動は、通常の冒険者の業務範囲を大きく超えていた。
ただし、アレンがこの時点で何らかの特殊能力を持っていたと証明できる資料は、まだ見つかっていない。
彼の知識が前世に由来することを示す記録も、存在しない。
後世の研究者が確認できるのは、彼が他の冒険者とは異なる観察方法を用いていたという事実だけである。
そして、次の週。
アレンは、ギルドが長年解決できずにいた問題に関わることになる。
エルムの町では、数か月前から、北部街道を通る荷馬車が相次いで襲撃されていた。
犯人はゴブリンの群れと考えられていたが、討伐隊を派遣しても巣の場所は特定できなかった。
被害額は増加し、商人たちからギルドへの苦情も相次いでいた。
そこでギルドは、周辺の地形を把握している冒険者を対象に、追加調査の依頼を掲示する。
依頼ランクはF。
報酬は銀貨一枚。
新人冒険者が単独で受けるには、やや危険な仕事だった。
掲示板に貼られた依頼書の受注欄には、後日、たった一人の名前が記入される。
アレン・ヴァルハイト。
そして、この依頼の完了報告書は、彼の冒険者としての評価を大きく変えることになる。




