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### 【資料08】エルム宿屋・宿泊台帳
王国暦758年3月21日/宿泊番号1842
宿泊施設:エルム旅人宿
宿泊者氏名: アレン・ヴァルハイト
宿泊人数: 一名
宿泊日数: 一泊
支払金額: 銅貨八枚
食事: 朝食のみ
特記事項: 客室照明用魔道具の不具合を修理。修理代金は請求せず。
アレンがヴァルハイト領を出て、最初に宿泊した施設の記録である。
当時の一般的な旅人宿の宿泊費は、食事を除いて銅貨十枚から十五枚程度だった。銅貨八枚という金額は、かなり安い部類に入る。
宿泊台帳の裏面には、宿の主人による追記がある。
> あの少年は、壊れた照明を見て、分解してもよいかと尋ねた。
>
> 断る理由もなかったので許可したところ、しばらくして直してしまった。
>
> 魔道具の修理ができるなら、もっと高い宿に泊まれるだろうに、不思議な客だった。
この記録は、後世の研究者たちから注目されることになる。
アレンの魔力測定結果はゼロだった。
それにもかかわらず、彼は魔力によって作動する道具を修理したのである。
ただし、この時点では、宿の主人はもちろん、アレン自身が何を理解していたのかも明らかではない。
### 【資料09】宿屋主人エドガー・ミルの回顧録
王国暦773年出版『エルムの町で起きたこと』第三章より
聞き取り対象: エドガー・ミル
職業: 元宿屋主人
質問: アレンという少年は、どのような様子でしたか。
回答: ずいぶん静かな客でしたよ。食事をしているときも、ほとんど話さない。代わりに、テーブルの上で何かを書いていました。
質問: 何を書いていたのでしょう。
回答: 最初は買い物の計算かと思いました。でも、のぞいてみると、丸や線や数字がびっしり書かれていたんです。魔法陣のようにも見えましたが、私にはさっぱりでした。
質問: 魔法の研究をしていたのでしょうか。
回答: それはわかりません。ただ、あの子は一度、私にこう尋ねました。
質問: 何と尋ねたのですか。
回答: 「この町で、一番古い魔道具を見せてもらえませんか」と。
質問: それに対して、どう答えましたか。
回答: そんなものを見てどうするんだ、と笑いました。すると、あの子はこう言ったんです。
「古いものほど、仕組みが単純かもしれませんから」
回顧録は、この発言を最後に次の話題へ移っている。
なお、エドガーは後年、アレンから多額の寄付を受け、町に無料の診療所を設立した人物でもある。
この回顧録には、アレンを称賛する意図が含まれている可能性がある。そのため、歴史院では証言のすべてを客観的事実として採用しているわけではない。
しかし、当時の宿泊台帳にも古い魔道具への関心をうかがわせる記録が存在することから、少なくとも彼が魔道具の仕組みに強い興味を持っていたことは確かだと考えられる。
### 【資料10】エルム商業組合・修理依頼受付簿
王国暦758年3月22日/受付番号31
依頼者: エドガー・ミル
対象物: 客室照明用魔道具
故障内容: 点灯後、約三分で消灯する。
従来の修理見積額: 銀貨二枚
修理担当者: アレン・ヴァルハイト
修理結果: 点灯試験に成功。
請求金額: なし
組合追記: 修理担当者は登録職人ではないため、正式な修理実績には計上せず。
この受付簿には、通常の修理依頼とは異なる添付資料が存在する。
アレンが残した、魔道具の簡易構造図である。
添付資料・構造図の転記
故障箇所: 魔力伝達回路の接続部
推定原因: 接続部の摩耗による伝達効率の低下
処置: 接続部の形状を変更。伝達経路を短縮。
備考: 魔石の交換は不要。
この記述が重要なのは、当時の修理職人たちが、故障した魔道具を直す際に魔石の交換を第一の選択肢としていたからである。
魔石が劣化した、魔力が不足した、あるいは魔石そのものに問題がある。
それが当時の一般的な判断だった。
アレンは、魔石ではなく、その周囲の構造を疑った。
この発想は、後に「構造解析式魔道具修復法」と呼ばれる技術体系の原型と見なされることになる。
もっとも、この時点では学術的な名称も、正式な理論も存在していない。
あくまでも、宿屋の照明を直した少年が残した一枚の図面にすぎなかった。
### 【資料11】エルム町・中古品商取引記録
王国暦758年3月23日
アレンが町の中古品商を訪れたことを示す記録である。
取引番号:E-229
購入品
- 破損した魔石:四個
- 故障した携帯灯:二個
- 旧式の魔力測定器:一台
- 金属片および銅線:一袋
合計金額: 銅貨二十枚
購入者: アレン・ヴァルハイト
購入品の中に、旧式の魔力測定器が含まれている。
これは、一般の冒険者や旅人がわざわざ購入するような品物ではなかった。
当時の中古市場では、故障した魔道具は部品取り用として扱われることが多い。旧式の測定器も、通常なら銅貨数枚で取引される品だった。
商人の記録には、次のような追記がある。
> 客は壊れた魔石を見て、使えるものと使えないものを分けてくれと言った。
>
> 私が、全部壊れているから同じだと答えると、客は「壊れ方が違います」と言った。
>
> 何が違うのか尋ねたが、説明はしてくれなかった。
この取引を最後に、アレンは二日間、町の外れにある安宿に滞在している。
その間の行動を示す公的記録はない。
しかし、三日後に作成された資料には、興味深い記載がある。
### 【資料12】エルム冒険者ギルド・魔物被害調査報告
王国暦758年3月26日/調査番号:M-117
調査対象: エルム北部街道周辺に出現した魔物
被害状況: 荷馬車二台が破損。護衛冒険者三名が負傷。
魔物の特徴: 小型の角持ち魔獣。通常より攻撃性が高い。
調査結果: 魔物の出現経路は特定できず。
報告書自体は、特筆すべき内容を含んでいない。
注目すべきなのは、添付された目撃証言である。
証言者: 荷馬車商人、トーマス・ベル
「魔物が現れたとき、近くに黒髪の少年がいました。剣も持っていなかったので、逃げるように叫んだのです」
「ところが少年は、魔物を見るなり、地面に落ちていた石を拾いました」
「何をするつもりなのかと思っていたら、魔物が突然、進行方向を変えたのです」
「その隙に護衛たちが荷馬車を動かし、全員が逃げることができました」
調査官は、この証言を採用しなかった。
理由は単純である。
少年が魔物を誘導したという証拠がなかったからだ。
また、当時のアレンには冒険者登録がなく、魔物との交戦を証明する実績も存在しなかった。
そのため、この証言は正式な討伐記録ではなく、参考資料として保管された。
ただし、報告書の末尾には、担当調査官による手書きの追記がある。
「現場周辺で、通常の魔物が避けるとされる鉱石片が複数発見された」
その鉱石片は、後にアレンが中古品商から購入した破損魔石の一部と、成分が一致することになる。
### 【資料13】エルム町・宿屋の請求書
王国暦758年3月27日
アレンの滞在期間中に発生した費用をまとめた請求書である。
| 項目 | 金額 |
| ------ | ----- |
| 宿泊費 | 銅貨24枚 |
| 食費 | 銅貨18枚 |
| 中古品購入費 | 銅貨20枚 |
| その他雑費 | 銅貨7枚 |
| 合計 | 銅貨69枚 |
追放時の所持金は、銀貨三枚と銅貨十七枚。
銀貨一枚を銅貨百枚と換算した場合、アレンはわずか数日間で、手持ち資金の一部を研究用の品物に費やしたことになる。
この請求書には、宿の主人による記述が残されている。
> 客は食事を一品減らしてほしいと言った。
>
> 代わりに、倉庫に眠っていた壊れた照明器具を譲ってくれないかと頼んできた。
>
> 私は処分する予定だったので、代金は取らなかった。
生活費を切り詰めながら、壊れた魔道具を集めていた。
この行動を、後世の研究者は「研究への執着」と評している。
一方、アレン本人が残したとされる研究ノートには、別の表現が用いられていた。
### 【資料14】出所不明の研究ノート・第一葉
発見場所:王都旧研究区画/発見年:王国暦801年
紙面の状態:劣化あり/筆跡鑑定:アレンのものと推定
記録日:不明
一、魔力がないことと、魔力を扱う仕組みが理解できないことは、同じではない。
二、測定結果がゼロであるならば、測定方法そのものを確認する必要がある。
三、既存の理論に矛盾がある場合、理論に合わせて現象を解釈するのではなく、現象に合わせて理論を修正する。
四、修理可能なものを、故障しているという理由だけで廃棄するのは合理的ではない。
このノートが本当にアレンの手によるものなのかについては、完全な確証が得られていない。
しかし、記述された考え方は、後年の彼の研究と高い整合性を示している。
特に第二項は、アレンの生涯を考えるうえで重要な一文とされている。
彼は魔力ゼロと判定された。
しかし、その判定が正しかったかどうかを検証した者は、当時ほとんどいなかった。
魔力がないと判断された人間に、魔法の研究を続ける資格はない。
それが社会の常識だったからである。
### 【資料15】エルム冒険者ギルド・登録申請書
王国暦758年3月29日/受付番号:A-0001
申請者氏名: アレン・ヴァルハイト
年齢: 十六歳
希望職業: 冒険者
戦闘経験: 申告なし
魔法使用経験: 申告なし
保有技能: 申告なし
紹介者: なし
登録審査結果: 仮登録を認める。
申請書には、受付担当者による補足が付されている。
「申請者は魔力測定を受けたが、反応は確認されなかった。通常の冒険者として活動するには不適格と考えられる」
しかし、ギルドの規約上、魔力を保有していないことだけを理由に登録を拒否することはできなかった。
アレンは、仮登録の条件として、最低ランクの依頼から実績を積むことを求められた。
ここで重要なのは、申請書に記された希望職業である。
魔道具職人でも、研究者でも、商人でもない。
アレンは、冒険者を選んだ。
その理由について、本人の説明は残されていない。
ただし、後年発見された研究ノートの第二葉には、次の一文が記されていた。
> 実際に使われているものを調べるには、実際に使われている場所へ行く必要がある。
この記述が冒険者登録の理由だったのかどうかは不明である。
## 【資料16】王立歴史院・第二話総括
アレン・ヴァルハイトの追放後、最初の一週間に関する記録を整理すると、ある特徴が浮かび上がる。
彼は仕事を探すより先に、故障した魔道具を調べていた。
高価な食事を取るより、壊れた部品を買い集めていた。
身分を回復する手段を探すより、魔法の仕組みを記録していた。
そして、冒険者ギルドに登録した。
一般的な追放者の行動記録とは、大きく異なる傾向である。
もっとも、これだけの資料から、彼の内心を断定することはできない。
彼が家族を恨んでいたのか。
失った身分を取り戻したかったのか。
それとも、最初から別の目的を持っていたのか。
現在も結論は出ていない。
ただし、一つだけ確実なことがある。
王国暦758年3月29日。
アレン・ヴァルハイトは、冒険者ギルドの仮登録者となった。
その翌日、彼は初めての依頼を受ける。
依頼名は、「北の森・薬草採取」。
報酬は銅貨十五枚。
通常なら、初心者が半日ほどで終える、ごく平凡な仕事だった。
ところが、依頼終了後に提出された報告書には、採取した薬草の数よりもはるかに多くの記録が残されていた。
森の土壌、魔物の足跡、薬草の生育条件、そして地図に記されていない古い石造物。
この報告書を受け取ったギルド職員は、最初、それを依頼の達成報告とは認めなかったという。
報告書の表紙には、担当職員の手書きで、こう記されていた。
「薬草採取の報告書としては、明らかに異常」
この記録こそが、後に冒険者ギルドの歴史を変えることになる。




