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追放された転生者の記録――無能と呼ばれた男が、異世界の歴史を塗り替えるまで  作者: 水曜


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### 【資料01】ヴァルハイト公爵家・出生記録


王国貴族戸籍管理局/登録番号:VA-0716-03


氏名: アレン・ヴァルハイト


出生年月日: 王国暦742年4月16日


父: グラディウス・ヴァルハイト(ヴァルハイト公爵家当主)


母: エレノア・ヴァルハイト


続柄: 三男


出生時所見: 健康状態に異常なし。


備考: 出生直後の魔力反応は検出限界以下。


王国屈指の名門、ヴァルハイト公爵家。


代々優秀な魔法使いを輩出し、王国軍の要職を独占してきた一族である。


長男は王国騎士団の精鋭候補。長女は王立魔法学院の首席卒業者。次男もまた、十歳の時点で上級魔法の適性を示していた。


一方、三男アレンについては、出生記録の段階から異例の注釈が付けられている。


「魔力反応、検出限界以下」


この記述が、その後の彼の人生を決定づけたとする見解は、現在の研究者の間でも広く支持されている。


ただし、当時の測定装置が正常に作動していたかどうかについては、後年になって疑義が呈されている。


その詳細は、資料24号で改めて扱う。


### 【資料02】王立魔法学院・幼年期能力測定報告書


王国暦750年6月2日/対象年齢:8歳


| 測定項目 | 結果 |

| ------- | ---- |

| 魔力量 | 0 |

| 魔力操作適性 | 測定不能 |

| 属性適性 | 該当なし |

| 身体能力 | 平均値 |

| 知能検査 | 上位区分 |

| 魔法陣理解試験 | 判定保留 |


最後の二項目については、当時の担当教官による追記が残されている。


> 対象児童は魔法陣の構造について独自の解釈を提示した。既存の教本と一致しないため、採点対象外とした。


この追記は、報告書の正式な評価には反映されていない。


また、同日に提出された別紙には、次のような記録が存在する。


担当教官・私的覚書


対象は、魔法陣に描かれた記号の配置について質問した。


「この線は、なぜここで途切れているのですか」


質問の意図は不明。


教本に従うよう指導したところ、対象はそれ以上の質問を行わなかった。


この時点で、アレンの能力を正当に評価できた人物が存在したかどうかは定かではない。


少なくとも、公式記録上の結論は明快だった。


魔力ゼロ。


魔法の使えない貴族。


それが、彼に与えられた評価であった。


### 【資料03】ヴァルハイト公爵家・家族会議議事録


王国暦758年3月11日/非公開記録/記録者不詳


議題:三男アレン・ヴァルハイトの処遇について。


出席者は、公爵グラディウス、長男レオン、長女セレスティア、次男アルベルトの四名。


夫人エレノアの出席記録はない。


公爵グラディウスの発言要旨


「ヴァルハイトの名を継ぐ者には、それに相応しい能力が求められる。魔力を持たない者に、我が家の名を背負わせることはできない」


長男レオンの発言要旨


「すでに領内では、三男の能力について噂が広がっております。王宮に知られる前に対処すべきです」


長女セレスティアの発言要旨


「本人の努力だけでは、どうにもならないこともあります」


この発言について、議事録の記録者は賛否の判別が困難であったと注記している。


次男アルベルトの発言要旨


「魔法が使えないのであれば、商業か行政を学ばせればよいのではありませんか」


これに対する公爵の返答は、議事録に一文だけ残されている。


「それでは、他家に笑われる」


会議は約二十分で終了した。


決定事項は、アレンの成人を待たずに家名継承権を剥奪し、領地外へ退去させること。


なお、議事録にはアレン本人が会議に出席した形跡はない。


### 【資料04】ヴァルハイト公爵家・追放命令書


王国暦758年3月18日


## 勘当および領地退去命令


対象者:アレン・ヴァルハイト


本人の魔力適性、家門に対する将来的な貢献可能性、その他諸般の事情を考慮した結果、以下の処分を決定する。


一、ヴァルハイト家の家名継承権を剥奪する。


二、ヴァルハイト公爵家が所有する財産の相続権を剥奪する。


三、王国暦758年3月20日の日没までに、ヴァルハイト領から退去すること。


四、以後、ヴァルハイト家の名を用いた商取引、政治活動および家門の権威を利用した行為を禁ずる。


五、退去後の生活に関して、一族は一切の責任を負わない。


ヴァルハイト公爵 グラディウス・ヴァルハイト


命令書の受領欄には、アレン本人の署名がある。


筆跡鑑定の結果、署名は本人のものと判断された。


しかし、受領時にどのようなやり取りがあったかを示す公式記録は存在しない。


当時、屋敷に勤務していた使用人の証言は、後年になって初めて収集された。


その中の一つが、次の資料である。


### 【資料05】元使用人マルタ・ベルンの証言記録


王国暦781年9月/王立歴史院による聞き取り調査


質問: アレン様が屋敷を去った日のことを覚えていますか。


回答: ええ。忘れられるはずがありません。


質問: 何か特別な出来事がありましたか。


回答: 特別なことは、何もありませんでした。そこが、かえって不思議だったのです。


質問: 具体的に説明してください。


回答: 普通なら、あれほどの仕打ちを受ければ、怒るか、泣くか、少なくとも何かを訴えるでしょう。でも、アレン様は違いました。


質問: 公爵様に何かおっしゃいましたか。


回答: 私が聞いた限りでは、一つだけです。


質問: 何と。


回答: 「わかりました」と。


証言記録には、その後もいくつかの質問が続いている。


マルタは、アレンが荷物をまとめるのに長い時間をかけなかったこと、書籍を数冊と古びた鞄を持ち出したこと、屋敷の門を出る際に一度だけ振り返ったことを証言した。


ただし、振り返った理由については「わかりません」と回答している。


最後に、調査官は次の質問を行った。


質問: アレン様は、ご家族を恨んでいるように見えましたか。


回答: いいえ。私には、そうは見えませんでした。


質問: では、悲しんでいるようには。


回答: ……それも、わかりません。


この箇所の余白には、調査官の手書きによる注釈が残されている。


「証言者は質問に対し、長時間沈黙した」


### 【資料06】関所通行者記録


ヴァルハイト領東門/王国暦758年3月20日


| 項目 | 記録内容 |

| ---- | ------------- |

| 通行時刻 | 午後4時42分 |

| 氏名 | アレン・ヴァルハイト |

| 身分 | 身分証返納済み・一般通行者 |

| 所持品 | 鞄一個、書籍三冊、衣類 |

| 所持金 | 銀貨三枚、銅貨十七枚 |

| 行き先 | 未申告 |


通行を担当した門番の証言によれば、アレンは通行手続きに必要な質問に淡々と回答し、特に問題を起こすことなく領外へ出た。


門番は当初、通行者が公爵家の三男であると認識していなかったという。


身分証の返納処理が完了した後、記録簿の備考欄に次の一文が追加されている。


「本人より、王都までの最短経路について質問あり」


これが、アレンの追放当日に関する最後の公的記録である。


## 【資料07】王立歴史院・編纂者注記


アレン・ヴァルハイトが公爵家を追放された時点で、彼の将来を肯定的に評価した公的資料は確認されていない。


魔力測定の結果はゼロ。


爵位は剥奪。


財産はなし。


所持金は銀貨三枚と銅貨十七枚。


王国貴族社会の基準に従うならば、彼の将来はほぼ閉ざされていたといえる。


しかし、追放からわずか三年後、王立冒険者ギルドは彼を特別功労者に認定する。


五年後には、王立魔法学院が彼の研究理論を正式な教育課程に採用する。


十年後、王国軍は彼の設計した技術体系を国家機密に指定する。


そして、二十年後。


ヴァルハイト公爵家は、王国史上初めて、自家から追放した人物の功績について公式声明を発表することになる。


なぜ、魔力を持たない少年が、これほどの変化を引き起こしたのか。


その答えを知るためには、次の資料を確認する必要がある。


王国暦758年3月21日。


ヴァルハイト領から最も近い町、エルムの宿屋で作成された宿泊台帳である。


記録された宿泊者の氏名は、アレン・ヴァルハイト。


備考欄には、宿の主人による短い記述が残されている。


「客室の照明用魔道具を、代金を取らずに修理していった」


この修理が、彼の名を歴史に刻む最初の一歩となった。


もっとも、修理を依頼した宿の主人は、その客が後世にどのような人物として語られることになるのか、知る由もなかった。

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