第九話:観測者
第九章:観測者
静かだった。
あまりにも。
ノクスの
“Yes, my lord.”
その一言だけで。
時計塔の空気は、完全に変わっていた。
セレナが鋭く目を細める。
ノクティスは息を止めたまま。
レグルスは、「やっぱりか」という顔をしている。
そして。
エルだけが、静かに端末を見つめていた。
「服従反応、再確認」
淡々とした声。
感情はない。
ただ。
事実だけを読み上げる。
「対象ノクス」
「少女へ対し、始祖級服従波長を確認」
クロエ
「???」
「えっと……何の話?」
ノクスは静かに口を開く。
「古い礼儀作法です」
「いや無理があるだろ」
レグルスが即座に突っ込んだ。
「お前、誤魔化す気あるのか?」
「あります」
「今のは無理だ」
クロエは二人を見比べる。
「仲良いね」
「「良くありません」」
即答だった。
ノクティスだけが、まだクロエを見つめている。
胸がざわつく。
目の前の少女が、ただの存在に思えない。
なのに。
怖くない。
むしろ。
――守りたい。
その感覚に、自分自身が一番驚いていた。
「……おかしい」
小さく漏れた声。
セレナが振り返る。
「ノクティス?」
「……いえ」
誤魔化す。
だが。
血が熱い。
本能が、目の前の少女へ引き寄せられている。
一方。
エルは静かにクロエを観測していた。
瞬き。
呼吸。
血流。
魔力波長。
すべて。
異常なほど普通。
なのに。
始祖波長だけが、彼女を中心に発生している。
矛盾。
理解不能。
エルは静かに呟く。
「……仮説修正」
セレナ
「内容を」
「始祖は、既存個体とは異なる可能性」
ノクスの視線が、わずかに鋭くなる。
エルは続けた。
「高位吸血種が、自発的服従行動を取っています」
「にも関わらず」
「対象少女から、敵対反応を確認できない」
クロエは困ったように笑った。
「だからさっきから、何の話なのー?」
エルの瞳が、初めてわずかに揺れる。
――演技ではない。
本当に、何も知らない。
その時だった。
グラッ――
クロエの身体が、わずかによろめく。
「クロエ!」
ノクスが即座に支える。
レグルスも反応する。
ノクティスですら、一歩踏み出していた。
クロエは自分の胸を押さえる。
「……なんか」
「お腹、空いたかも……」
沈黙。
ノクスとレグルスの表情が、静かに変わる。
それを見逃したのは、クロエだけだった。
エルが淡々と呟く。
「……数値変動を確認」
「始祖波長、微量増加」
セレナの目が細くなる。
「どういう意味だ」
エルは端末を見つめたまま、静かに答える。
「空腹状態への移行」
「始祖反応と、完全に同期しています」
空気が凍る。
クロエだけが、意味も分からず首を傾げていた。
そして。
ノクスは静かに理解する。
――まずい。
封印より先に。
始祖の本能が、目覚め始めている。
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