第十話:飢え
時計塔。
空気が重い。
クロエは、自分の胸元を押さえていた。
「……変」
「なんか、力入らない……」
ノクスの表情が曇る。
レグルスは舌打ちした。
「タイミングが最悪だ」
セレナが鋭く反応する。
「何を隠している」
「別に」
レグルスが即答する。
だが。
その声音には、明らかな焦りが混ざっていた。
エルが静かに端末を確認する。
「始祖波長、継続上昇」
「血流速度増加」
「魔力反応、不安定化」
淡々とした報告。
まるで機械。
クロエは小さく顔をしかめる。
「……なんか、匂いする」
その瞬間。
ノクスとレグルスの視線が変わった。
血の匂い。
始祖の空腹初期症状。
ノクスは静かにクロエへ近づく。
「クロエ」
「少し休みましょう」
優しい声。
だが。
その瞳の奥には、明確な警戒があった。
クロエはふらつきながら頷く。
「うん……」
その時。
ノクティスの首筋を、風が撫でた。
ほんの小さな傷。
先程の戦闘訓練でできた、浅い切り傷。
だが。
クロエの瞳が、ぴたりと止まる。
赤。
血。
ゴクリ――
無意識だった。
クロエ自身、理解できていない。
なのに。
目が離せない。
ノクティスの背筋へ、ぞくりと震えが走る。
視線。
それは獣のものではない。
もっと静かで。
もっと深い。
“夜”そのものの視線。
ノクティスの鼓動が速くなる。
恐怖。
なのに。
逃げたいと思えない。
エルの端末が警告音を鳴らした。
「反応急上昇」
「始祖波長、臨界域へ接近」
セレナが即座に槍を構える。
「全員下がれ!」
空気が変わる。
クロエは、苦しそうに頭を押さえた。
「やだ……」
「なんで……」
「お腹、空いてるだけなのに……」
声が震える。
ノクスが前へ出る。
「クロエ」
静かな声。
「こちらを見てください」
クロエの赤い瞳が揺れる。
ノクスだけは、恐れていなかった。
「大丈夫です」
「あなたは、負けません」
その言葉に。
クロエの呼吸が、わずかに戻る。
だが次の瞬間。
ドクン――
強烈な脈動。
クロエの瞳へ、赤い光が走る。
同時に。
十三番街全域へ、圧倒的な威圧が広がった。
空が軋む。
窓ガラスが震える。
低位吸血種達が、一斉に膝をつく。
セレナの顔色が変わる。
「……馬鹿な」
ノクティスは、本能的に理解してしまった。
目の前にいる。
教会が千年追い続けた、“黒翼の始祖”が。
クロエは、涙目のまま呟く。
「……こわい」
「私、なんか変……」
その姿は。
災厄とは思えないほど、弱々しかった。
読んでいただきありがとうございます!
少しでも面白いと思っていただけたら、
ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!
引き続き「レイヴンクロニクル」をよろしくお願いします!




