第十六話:監視者
静寂が落ちた。
暴走していた黒い魔力が、少しずつ弱まっていく。
クロエは、涙を零したまま俯いていた。
レグルスが、肩越しに振り返る。
「……落ち着いたか?」
クロエは、小さく頷いた。
だが。
空気は、まだ張り詰めている。
教会騎士達は、武器を下ろしていない。
白髪の執行官が、静かに口を開く。
「今のを見ても、まだ庇うのですか」
レグルスが、露骨に嫌そうな顔をした。
「しつけぇな」
「だから言ってんだろ」
「怖がって暴れただけだ」
騎士の一人が叫ぶ。
「街一つ滅ぼせる存在だぞ!!」
「そんなものを生かして――」
「黙れ」
空気が止まった。
声の主は、ノクスだった。
黒衣の監視者は、静かに前へ出る。
赤い瞳。
冷たい視線。
その場の空気すら、支配するような圧。
「貴方達は、一つ勘違いをしています」
白髪の執行官が、目を細めた。
「……何を」
ノクスは、静かにクロエを見る。
怯えている。
泣いている。
小さく震えている。
それを確認してから。
再び教会へ向き直った。
「この方は、貴方達が言うほど万能ではない」
「感情で揺らぐ」
「傷つく」
「壊れる」
「……人です」
騎士達が息を呑む。
教会にとって始祖は、“災厄”だった。
怪物。
討伐対象。
だが。
ノクスは今。
それを、人だと言った。
白髪の執行官が、低く告げる。
「監視者が、情に堕ちましたか」
ノクスは否定しない。
ただ。
静かに答えた。
「元より」
「我が血統は、この方を守護する為に在る」
レグルスが、横で吹き出す。
「お前それ、初めて聞いたぞ」
ノクス
「今言いましたので」
「後出しすぎんだろ」
少しだけ。
空気が緩む。
クロエは、ぼんやりノクスを見上げていた。
守る。
その言葉が、まだ不思議だった。
自分は。
災厄なのに。
その時。
白髪の執行官が、静かに剣を下ろす。
騎士達が驚いた。
「執行官殿!?」
女は、クロエを見ている。
泣いている少女。
世界を壊しかけた、黒翼の始祖。
だが。
そこにいたのは、ただ怯える子供だった。
女は、静かに背を向ける。
「……本部へ報告します」
「始祖確認」
「監視者血統による保護を確認」
そして。
ほんの一瞬だけ。
金色の瞳が、クロエを見た。
「次はありません」
それだけ残し。
教会騎士達は、森の奥へ消えていった。
静寂。
風だけが吹く。
レグルスが、どっと疲れた顔で座り込んだ。
「……死ぬかと思った」
ノクス
「貴方は無茶をしすぎです」
「うるせぇ」
クロエは、そんな二人を見ていた。
そして。
小さく。
本当に小さく笑った。
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