第十四話:血月
赤かった。
世界が。
空も。
森も。
月さえも。
まるで、夜そのものが血を流しているように。
轟音。
光槍が、途中で砕け散る。
クロエの周囲へ、黒い魔力が吹き荒れていた。
騎士達が、息を呑む。
「なっ――」
あり得ない。
封印兵装が、触れる前に消滅した。
クロエは、俯いたまま震えている。
小さな肩。
細い指。
なのに。
その背後で。
巨大な黒翼が、ゆっくり広がり始めていた。
空間が軋む。
森の木々が、音もなく裂けていく。
ノクスの表情が、初めて明確に変わった。
「……っ」
始祖覚醒。
しかも、想定以上に早い。
レグルスが、低く舌打ちする。
「おいおい……冗談だろ」
クロエの口から、小さな声が漏れる。
「こわい……」
その一言で。
黒い魔力が、爆発的に膨れ上がった。
ドォォォンッ!!!
衝撃波。
騎士達が吹き飛ぶ。
地面が割れる。
空間へ、黒い亀裂が走った。
白髪の執行官が、目を見開く。
「これが……黒翼……」
伝承。
記録。
古文書。
全てより、遥かに危険。
目の前にいるのは、災厄そのものだった。
だが。
クロエ本人は、涙を零している。
「や……」
「こわい……」
止められない。
力が。
感情が。
世界が。
壊れていく。
ノクスが、即座に術式を展開。
「レグルス!!」
「あぁ!!」
紅い魔力が走る。
レグルスは、吹き荒れる魔力の中を強引に突破した。
皮膚が裂ける。
血が飛ぶ。
それでも止まらない。
「クロエ!!」
クロエが、びくりと顔を上げる。
その瞳は。
もう半分、“始祖”だった。
レグルスは、真正面から少女を抱き締めた。
ドゴッ!!!
衝撃。
魔力が暴れる。
それでも。
離さない。
「大丈夫だ!!」
「ここにいる!!」
「だから――」
クロエの瞳が、大きく揺れる。
ノクスも、術式を重ねる。
黒い結界が、周囲を包み込んだ。
暴走封印。
始祖抑制術式。
監視者血統秘奥。
空間が悲鳴を上げる。
それでも。
クロエは、震えながらレグルスの服を掴んだ。
「……やだ」
小さな声。
「みんな……こわれる……」
レグルスの顔が、歪む。
この怪物は。
誰よりも。
壊す事を恐れていた。
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