第十一話:移動命令
夜だった。
屋敷の空気が、
いつもより静かだった。
レグルスが、
ソファへ寝転がったまま言う。
「で?」
「何があった」
向かい側。
ノクスは、
机へ資料を並べている。
その表情は、
いつも以上に冷えていた。
「教会が動きました」
レグルスが、
露骨に嫌そうな顔をする。
「あー……
面倒なやつか」
ノクスは、
静かに頷いた。
「始祖反応を追っています」
「この屋敷が特定されるのも、
時間の問題でしょう」
沈黙。
レグルスが、
頭を掻いた。
「……チッ」
「早すぎんだろ」
「数年も見つけられなかったくせに」
ノクスの視線が、
僅かに細まる。
「黒羽が観測されたようです」
空気が変わった。
始祖の痕跡。
それは、
教会にとって“確信”に近い。
レグルスは、
小さく舌打ちした。
「……移動か」
「はい」
「別拠点へ移ります」
その時だった。
がちゃ。
部屋の扉が開く。
クロエが、
眠そうな顔で立っていた。
黒髪は少し乱れている。
たぶん、
起きたばかり。
「……のくす」
「おなかすいた」
緊張感が死んだ。
レグルスが、
吹き出す。
「お前ほんとブレねぇな」
ノクスは、
静かに立ち上がった。
「すぐ用意します」
クロエは、
そのまま部屋へ入ってくる。
そして。
机の上の資料を見た。
地図。
武器。
封印書類。
クロエは、
こてんと首を傾げる。
「……おでかけ?」
沈黙。
レグルスが、
耐えきれず笑い始めた。
「間違ってねぇけど!!」
「認識が平和すぎんだろ!!」
クロエは、
意味が分かっていない。
ただ。
少しだけ嬉しそうだった。
「そと?」
「いくの?」
ノクスは、
一瞬だけ黙る。
本来なら。
閉じ込めておきたかった。
始祖を。
世界から。
けれど。
この少女は、
何も知らない。
ただ。
外を見てみたいだけだ。
ノクスは、
静かに目を伏せた。
「……はい」
「少しだけ」
クロエの瞳が、
ぱっと明るくなる。
「ほんと?」
レグルスが、
ニヤニヤしながら肘でノクスを突く。
「甘ぇなぁ監視者様」
「黙っていてください」
だが。
少しだけ。
その声は、
柔らかかった。
そして。
誰もまだ知らない。
この“おでかけ”が。
始祖戦争の、
始まりになる事を。
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