第九話:欠片の目覚め
暗かった。
何も無い。
音も。
光も。
時間すら曖昧。
ただ。
寂しかった。
『――あの子を、お願い』
誰かの声。
優しい。
悲しい。
でも。
誰の声だったのか、
思い出せない。
闇の中。
小さな光が浮かぶ。
黒い羽根。
それは、
ゆっくりと漂いながら。
やがて。
ひとつの形を作り始める。
細い指。
白い肌。
長い黒髪。
幼い少女。
まだ不完全な身体。
まるで。
“誰かの夢”から零れ落ちたみたいに。
少女は、
ゆっくり目を開けた。
赤い瞳。
その瞬間。
世界中の封印術式が、
僅かに軋んだ。
遠い地下深部。
巨大封印の中心で。
眠る始祖本体の指先が、
ほんの少しだけ動く。
誰も気づかない。
だが。
監視者血統だけは違った。
遠く離れた屋敷。
黒髪の青年が、
静かに目を開く。
まだ若い頃のノクス。
その胸元の紋章が、
赤く発光していた。
「……反応?」
あり得ない。
封印は正常。
始祖は眠っている。
なのに。
血が騒ぐ。
“いる”と。
ノクスは、
静かに立ち上がった。
窓の外。
赤い月。
その夜。
封印から零れ落ちた“欠片”は、
世界へ産み落とされた。
まだ。
自分が、
何者なのかも知らないまま。
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