第一話:落ちていた始祖
雨だった。
古い石畳を、冷たい雨粒が叩いている。
路地裏。
灯りも届かない、薄暗い夜。
「……はぁ」
赤黒い髪の男が、面倒そうに煙草を弄ぶ。
レグルス・ブラッドレイン。
後に『紅獅子』と呼ばれる男は、その日かなり機嫌が悪かった。
「なんで俺が買い出し行かされんだよ……」
ノクスが行けばいいだろ。
そう何度思ったか分からない。
だが。
あの無表情男は、平然と言った。
『貴方が暇そうでしたので』
「絶対許さねぇ……」
その時だった。
ぴちゃ。
水音。
レグルスの足が止まる。
路地の奥。
誰か倒れている。
「……?」
近づく。
小さい。
十歳くらいの少女だった。
黒髪。
雨に濡れた白い肌。
そして。
背中には、黒い羽根が一枚だけ落ちている。
レグルスの瞳が、僅かに細まった。
「……は?」
吸血鬼。
いや。
違う。
もっと、嫌な感じがした。
本能が警告している。
“近づくな”と。
少女は、薄く目を開けた。
真紅の瞳。
だがその目は、ひどくぼんやりしていた。
「……おなか、すいた」
「は?」
「……おなかすいた」
もう一回言った。
レグルスは、数秒真顔になる。
「いや知らねぇよ」
「なんで路地裏で腹減らして倒れてんだお前」
少女は、ぼんやり彼を見上げる。
「……だれ?」
「こっちの台詞だ」
雨が強くなる。
少女の身体は、驚くほど冷たかった。
レグルスは舌打ちする。
「……チッ」
放っておけば死ぬ。
だが。
本能は、関わるなと言っている。
面倒事の匂いしかしない。
なのに。
少女の腹が、くぅ……と鳴った。
沈黙。
「…………」
「……おなかすいた」
レグルスは、頭を掻きむしる。
「あぁもうクソ!!」
次の瞬間。
ひょい。
少女を肩へ担ぎ上げた。
「連れてくだけだからな!!」
「変なの拾ったって、ノクスに押し付けるだけだからな!!」
少女は、ぼんやりしたまま呟く。
「……のくす?」
「知らねぇよ」
雨の中。
『紅獅子』は、小さな始祖を拾った。
それが。
長い長い夜の、始まりだった。
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そして今回から、
『黒翼契約譚IF ――血月の黙示録――』
番外編『黒翼幼年記』が始まりました。
これは、
“黒翼”がまだ泣いていた頃の物語。
幼き始祖クロエと、
彼女を拾ってしまった男達の、
少し優しくて、少し危うい夜を楽しんで頂ければ幸いです。
引き続き「レイヴンクロニクル」をよろしくお願いします!




