第一章:完 帰る場所
ここまで『血月の黙示録』を読んでくださり、本当にありがとうございます。
“もしも”から始まったこの物語ですが、
気付けば本編とは違う形で、
彼らの“夜”が広がり始めていました。
幼き始祖。
護る者達。
血月の夜。
そして、まだ泣いていた頃の黒翼。
次章より――
『黒翼幼年記』編、開幕です。
これは、
ノクスとレグルスに護られながら、
幼いクロエが“夜の始祖”として歩き始める物語。
優しくて。
少しだけ残酷で。
どこか温かな、
もう一つのレイヴンクロニクル。
引き続き、
『黒翼契約譚 IF:血月の黙示録』をよろしくお願いします。
『夜の始祖』
その言葉が、静かな夜へゆっくり溶けていく。
ノクティスは、少しだけ目を伏せた。
夜の始祖。
人でもない。
始祖でもない。
その名前は、不思議と嫌じゃなかった。
レグルスが腕を組む。
「厨二くせぇ名前だな」
「貴方が言いますか」
「……は?」
ノクスは静かに続けた。
「“紅獅子”」
数秒の沈黙。
セレナが吹き出した。
「っ……」
「笑うな銀髪」
クロエまで肩を震わせ始める。
「ふふっ……」
「紅獅子って、レグルス自分で付けたの?」
「違ぇよ!!」
「教会が勝手に呼び始めたんだよ!!」
ノクティスも、少しだけ笑った。
その顔を見て。
クロエの胸が、ほんの少し熱くなる。
笑ってる。
ちゃんと、生きてる。
その時。
ゴゴゴ……
全員が止まった。
レグルスが嫌そうな顔をする。
「……おい」
ノクスが、静かに天井を見上げた。
崩れかけた時計塔。
さっきの戦闘で、完全に限界だった。
「逃げろ!!」
次の瞬間。
ドゴォォォン――!!
時計塔の上層が、盛大に崩落した。
煙。
瓦礫。
悲鳴。
「きゃああっ!?」
「だから壊しすぎだって言っただろ!!」
「主犯は貴方です」
「うるせぇ!!」
ノクティスは、反射的にクロエを抱えて跳ぶ。
黒銀の翼が、夜空へ広がった。
崩れ落ちる時計塔を背に。
二人の姿が、赤月の前を横切る。
その光景を見て。
セレナは、少しだけ息を呑んだ。
綺麗だった。
怪物のはずなのに。
どうしてこんなにも。
――美しいんだ。
地面へ着地したノクティスは、そっとクロエを降ろす。
「ありがと……」
「いえ」
少し照れたように、目を逸らす。
レグルスがニヤついた。
「おーおー」
「若いねぇ」
「違います」
「違うそうです」
「お前、絶対面白がってるだろ」
ノクスは否定しなかった。
その時。
エルが静かに空を見る。
「……教会反応、後退を確認」
「本作戦は失敗として処理される模様」
セレナが、深く息を吐いた。
終わった。
少なくとも、今夜は。
クロエも、ようやく肩の力を抜く。
だが。
ノクスだけは、まだ空を見ていた。
赤月。
崩壊した術式。
そして、夜の始祖。
静かに目を細める。
「……世界が、動き始めましたね」
その言葉は。
まるで。
これが、始まりに過ぎないと告げるようだった。




