第三十話:夜の始祖
静寂。
崩壊した時計塔に、赤月の光だけが降り注いでいた。
ノクティスは、まだクロエを見つめている。
「……綺麗」
クロエの顔が、みるみる赤くなる。
「え、えぇ!?」
「い、今それ言うの!?」
レグルスが、腹を抱えて笑い始めた。
「ははっ!!」
「お前、そういうタイプだったのかよ!!」
「……?」
本人は、あまり分かっていない。
ただ、ずっと思っていた事を、そのまま口にしただけだった。
セレナは、なぜか少し気まずそうに咳払いする。
「……とりあえず、助かったのなら何よりだ」
エルは静かに端末を見る。
「対象ノクティス、生命反応安定」
「始祖因子の暴走停止を確認」
クロエの肩から、ようやく力が抜けた。
「……よかった」
安心した瞬間。
ふらっ――
クロエの身体が傾く。
ノクスが即座に支えた。
「クロエ」
「血を与えすぎです」
「うぅ……」
レグルスが呆れる。
「お前も毎回倒れかけんのやめろ」
「だってぇ……」
ノクティスは、その光景をぼんやり見ていた。
胸の奥が暖かい。
ずっと、独りだった。
失敗作。
半端者。
捨てられた存在。
でも今は違う。
ここに居ていいと、思えた。
その時。
ドクン――
ノクティスの身体から、再び魔力が漏れる。
ノクスが反応する。
「……まだ残っていましたか」
黒銀の翼が、ゆっくり広がった。
だが、今度は暴走じゃない。
静かだ。
そして。
翼の羽根が、赤月の光を反射して淡く輝く。
エルが、珍しく僅かに目を見開いた。
「……変質しています」
「何がだ」
「始祖因子の性質です」
エルは、ノクティスを見る。
「通常の始祖とは異なる」
「極めて特殊な、新規血統へ変化しています」
レグルスが眉をひそめる。
「新規血統?」
エルは静かに頷いた。
「既存始祖と一致しない」
「ですが、危険性は確認できません」
クロエが、不安そうにノクティスを見る。
「ティス……?」
ノクティスは、ゆっくり彼女へ手を伸ばした。
「……怖く、ないですか」
その声は、少し震えていた。
自分は、もう人間じゃない。
始祖でもない。
“何か別のもの”へ、変わってしまった。
クロエは、その手を両手で包む。
そして。
泣きそうな顔で笑った。
「ティスは、ティスだよ」
その言葉に。
ノクティスの瞳が、静かに揺れる。
ノクスは、その姿を見つめながら。
小さく呟いた。
「……夜の始祖」
「は?」
レグルスが間の抜けた声を漏らす。
ノクスは、赤月を見上げる。
「始祖でもなく、人でもない」
「夜と血月の狭間に立つ存在」
そして。
静かに、ノクティスを見る。
「貴方に相応しい名です」
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