第三話:古き忠誠
この作品は、『黒翼契約譚』の世界を礎に紡がれる、IFの物語。
登場する者たちや根幹の設定には本編との繋がりがありますが、舞台と運命は全く別の軌跡を描き出します。
旧十三番街。
時計塔の夜は静かだった。
ランプの火。
古い本の匂い。
窓から差し込む赤い月明かり。
その中で、クロエは机へ突っ伏していた。
「うーん……」
「暇」
即答だった。
ノクスは書類から目を離さない。
「外出は禁止です」
「まだ教会の捜索が続いています」
「少しは危機感を持ってください」
クロエは頬を膨らませる。
「だって暇なんだもん……」
その時だった。
ガンッ!!
時計塔の扉が乱暴に開かれる。
「ノクス!!」
低い声が響いた。
長い外套。
赤い瞳。
鋭い視線。
レグルス・ブラッドレイン。
高位眷属。
そしてクロエへ絶対的忠誠を誓う古参の吸血鬼。
「騒がしいですね」
ノクスがため息をつく。
「教会が動いている」
レグルスは苛立ったまま続ける。
「十三番街周辺に執行官クラスが入った」
ノクスの目が細くなる。
「予想より早い」
「お前の“偽装”が甘いんじゃないのか?」
空気がわずかに冷える。
クロエだけがきょとんとしていた。
「……?」
「何の話?」
沈黙。
レグルスが一瞬だけ顔を歪める。
「いや、こちらの話だ」
クロエは首を傾げるが、すぐに別のことへ意識が向いた。
「レグルス!」
「お土産ある!?」
「ある」
レグルスは小さな紙袋を投げる。中には焼き菓子。
クロエの顔が一気に明るくなる。
「わぁ……!」
その様子を見ながら、レグルスは静かに目を細めた。
――本来、この方は世界すべての夜が跪く存在だ。
それなのに今は、安い菓子一つで笑っている。
その事実に、胸の奥が僅かに痛む。
そしてクロエは当たり前のように言った。
「ノクス様!」
レグルスの眉がぴくりと動く。
「その呼び方、まだ続けていたのか」
「?」
「変?」
「変だ」
即答だった。
ノクスが静かに口を開く。
「レグルス。余計な事を言わないでください」
「余計ではない」
レグルスの赤い瞳が細くなる。
「本来、頭を垂れるべきなのは――」
「レグルス」
ノクスの声がわずかに低くなる。
沈黙。
クロエだけが何も分かっていない。
「……なんか今日、二人とも変じゃない?」
レグルスは舌打ちし、窓の外へ視線を逸らした。
赤い月が静かに空を染めている。
そして教会の影は、確実に十三番街へ近づいていた。
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