第二十八話:生きていてほしい
静かだった。
さっきまで、空を裂くほど暴れていた魔力が。
嘘みたいに消えている。
残っているのは。
崩れた街。
紅い雨。
そして。
クロエの腕の中で、苦しそうに呼吸するノクティスだけだった。
「……ティス」
返事は弱い。
呼吸も浅い。
黒い紋様は、ゆっくり彼の身体を侵食していた。
エルが淡々と告げる。
「侵食率、四十二パーセント」
「このまま進行した場合、肉体維持不能」
セレナが顔をしかめる。
「止める方法は」
沈黙。
エルですら、答えられない。
始祖因子暴走。
前例が存在しない。
ノクスは、静かにノクティスを見下ろした。
その瞳には、珍しく迷いがあった。
「……方法は、あります」
クロエが顔を上げる。
「ほんと!?」
だが。
ノクスはすぐ答えない。
代わりに。
レグルスが、険しい顔をした。
「おい、待て」
「それは――」
ノクス
「他にありません」
空気が重くなる。
クロエだけが、状況を理解できていない。
「……なに?」
ノクスは、静かに膝をついた。
そして。
クロエの手を取る。
「始祖血統の再固定です」
「暴走している因子を、貴女の血で安定させる」
クロエは、小さく目を見開いた。
「なら……!」
だが。
ノクスは首を振る。
「問題は量です」
その瞬間。
クロエの表情が止まる。
理解した。
昔と同じだ。
また。
自分の血を与える。
しかも今度は、前より深く。
レグルスが舌打ちする。
「だから反対なんだよ」
「これ以上繋げたら、どうなるか分かんねぇ」
ノクス
「ですが、彼は消えます」
沈黙。
クロエは、震えるノクティスを見下ろす。
ティス。
自分が救った子。
自分を守ってくれた子。
そして。
“生きていてよかった”
と言ってくれた子。
クロエの瞳から、涙が落ちた。
「……やる」
ノクスが目を細める。
レグルスは、深く息を吐いた。
「だと思ったよ」
セレナは、複雑そうにその姿を見る。
普通じゃない。
血を与え。
存在を繋ぎ。
命を共有する。
だが。
それでも。
そこにある感情だけは、誰より人間らしかった。
クロエは、そっとノクティスを抱き寄せる。
「ティス」
ノクティスが、薄く目を開けた。
「……クロエ」
「お願い」
クロエの声が震える。
「生きて」
その一言に。
ノクティスの瞳が、僅かに揺れた。
クロエは、静かに首筋へ手を添える。
赤月の下。
始祖の少女は。
もう一度。
大切な誰かへ、自らの血を与えようとしていた。
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