第二十七話:紅い雨
夜が、裂けた。
黒翼の奔流が、空を呑み込む。
赤黒い衝撃波。
崩壊する魔法陣。
砕け散る聖槍。
轟音が、十三番街を揺らした。
教会術式が、真正面から押し潰されていく。
『術式崩壊!!』
『制御不能!!』
『退避――』
叫びは途中で掻き消えた。
空の巨大魔法陣が、音を立てて崩壊する。
そして。
赤い光の粒が、ゆっくり降り始めた。
まるで。
“紅い雨”。
クロエは、呆然と空を見上げる。
綺麗だった。
恐ろしいほどに。
ノクティスは、静かに立っている。
巨大だった黒銀の翼は、少しずつ消え始めていた。
その代わり。
彼の身体から、大量の血が流れている。
クロエの顔色が変わった。
「ティス!!」
ノクティスの身体が、ゆっくり崩れる。
限界だった。
不完全な器で、始祖級の力を無理やり使った。
当然の代償。
だが。
倒れる直前。
ノクティスは、クロエへ笑った。
「……守れた」
クロエの胸が、痛いほど締め付けられる。
「ばか……!」
慌てて抱き止める。
ノクスとレグルスも、すぐ駆け寄った。
レグルス
「無茶しすぎだクソガキ」
だがその声には、僅かに安堵が混じっていた。
ノクスは、ノクティスの状態を見る。
その瞬間。
表情が僅かに険しくなった。
「……まずいですね」
セレナが振り返る。
「何がだ」
ノクスは静かに答えた。
「始祖因子が暴走しています」
エルの端末が、警告を鳴らす。
「対象ノクティス、
肉体崩壊進行」
「始祖血統、
過剰侵食状態」
クロエの顔から、血の気が引いた。
「え……?」
ノクティスの肌へ、黒い紋様が浮かび始めていた。
始祖因子が、身体を喰っている。
クロエは震える手で、彼へ触れた。
「やだ……」
「やだよ……」
ノクティスは、苦しそうに呼吸しながらも。
クロエの手を、そっと握る。
「……泣かないで」
昔。
自分が、言われたように。
クロエの瞳から、涙が零れ落ちる。
「私のせいだ……」
「私が、
血をあげたから……」
その瞬間。
レグルスが、珍しく強い声を出した。
「違ぇだろ」
全員が見る。
レグルスは、真っ直ぐクロエを見ていた。
「コイツは、
お前に救われたんだ」
「勝手に決めんな」
ノクスも、静かに頷く。
「……ええ」
「少なくとも、
彼はそう思っています」
クロエは、言葉を失った。
その時。
ノクティスが、小さく呟く。
「……クロエ」
初めてだった。
“貴女”ではなく。
名前で呼んだのは。
ノクティスは、ぼやける視界の中。
必死に笑った。
「……俺、
生きててよかった」
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