第二十六話:月を裂く黒翼
空が、悲鳴を上げていた。
始祖拘束術式へ走る、無数の亀裂。
赤月の光が、世界を染め上げる。
教会側は、完全に混乱していた。
『術式維持不能!!』
『始祖波長が干渉しています!!』
『第二始祖級個体、危険度測定不能!!』
観測機器が、次々と焼き切れていく。
十三番街上空。
そこはもう、人間が制御できる領域ではなかった。
クロエは、ノクティスへ縋りついたまま震えている。
「……やだ」
「もう、誰も消えないで……」
その声は。
始祖ではなく。
ただの、泣き虫な少女の声だった。
ノクティスは、静かに彼女を抱き寄せる。
「大丈夫です」
「俺は、ここにいます」
その瞬間。
ドクン――
二人の血が、完全に共鳴した。
赤黒い粒子が、周囲へ溢れ出す。
ノクスが目を細める。
「……血統接続が深すぎる」
レグルスが苦笑した。
「今さらだろ」
「もう運命共同体じゃねぇか」
セレナは、ただその光景を見つめていた。
理解できない。
だが。
目を逸らせない。
“怪物”だと思っていた存在達が。
誰より人間らしく、誰かを守ろうとしている。
その時。
上空の巨大術式が、最後の光を放つ。
ゴォォォォォ――!!
巨大な聖槍が、形成されていく。
エルの声が、初めて僅かに強張った。
「高密度圧縮聖槍を確認」
「直撃した場合、十三番街が消失します」
沈黙。
教会は。
街ごと消すつもりだ。
クロエの瞳が揺れる。
「なんで……」
ノクスが静かに答えた。
「恐怖は、時に理性を壊します」
レグルスが、赤い瞳を細める。
「ったく。昔から変わんねぇな」
ノクティスは、空を見上げた。
巨大な聖槍。
迫る終焉。
なのに。
不思議と恐怖はない。
ただ。
守りたい。
その感情だけが、胸の中心にある。
クロエが、彼の服を掴む。
「ティス……」
ノクティスは、ゆっくり微笑んだ。
「今度は、俺の番です」
次の瞬間。
黒銀の翼が、巨大化した。
轟音。
空気が裂ける。
その姿は。
もはや。
人ではない。
赤月の下。
巨大な黒銀翼を広げる姿は、まるで。
“夜そのもの”。
教会側が、恐怖に染まる。
『な、なんだあれは……!』
『始祖……いや……違う……!!』
ノクティスは、静かに右手を空へ向けた。
赤黒い魔力が、収束していく。
そして。
「――消えろ」
その瞬間。
巨大な黒翼の奔流が、夜空を裂いた。
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