第二十五話:赤月の咆哮
赤月が、脈打っていた。
まるで。
生きているように。
巨大な始祖拘束術式と。
それへ抗う、黒銀の翼。
十三番街全体が、異常魔力で震えている。
ノクティスは、光柱を受け止めたまま。
一歩も退かなかった。
「っ……!!」
聖属性が、肉を焼く。
骨を軋ませる。
それでも。
腕の中の少女だけは、守らなければならない。
クロエが震えた声を漏らす。
「ティス……!」
ノクティスは、小さく笑う。
「大丈夫」
「貴女は、俺が守る」
その言葉に。
クロエの胸が、強く締め付けられた。
昔。
自分が与えた言葉。
今度は。
この子が返してくれている。
レグルスが、舌打ちする。
「無茶しやがって……!」
だがその顔は、どこか嬉しそうだった。
ノクスは、静かに空を睨む。
「……限界が近い」
ノクティスの身体が、崩れ始めている。
まだ不完全だ。
始祖の力に、器が耐えきれていない。
エルが淡々と告げる。
「肉体崩壊率、上昇中」
「このままでは、対象ノクティスが消滅します」
クロエの顔色が変わる。
「やだ……!」
ノクティスの服を掴む。
「だめ……!」
その瞬間。
ドクン――
クロエの中の始祖因子が、激しく脈動した。
ノクスが即座に気づく。
「クロエ!」
遅かった。
黒い羽根が、大量に舞い散る。
赤い瞳。
膨れ上がる魔力。
クロエの中の“始祖”が、完全に目を覚ましかけていた。
教会観測班が絶叫する。
『始祖反応、急上昇!!』
『危険領域突破!!』
『赤月共鳴率、制御不能!!』
空の赤月が、眩く輝いた。
クロエの瞳から、涙が零れる。
「やだ……」
「ティスが、消えるのやだ……!」
その感情に反応するように。
世界が、軋んだ。
バキィッ――!!
空の拘束術式へ、巨大な亀裂が走る。
セレナが息を呑む。
「……壊した?」
レグルスが、目を見開いたまま笑う。
「はは……」
「マジかよ」
始祖拘束術式。
それは本来、都市すら封鎖可能な超大型聖術。
なのに。
クロエは、泣きながら壊しかけている。
ノクスの表情が、苦しげに歪む。
「……またですか」
この人は昔からそうだ。
大切な誰かが傷つくと。
世界ごと壊しかねない。
その時。
ノクティスが、ゆっくりクロエを抱き締めた。
「……大丈夫」
焼けた手。
血の滲む指。
それでも優しく。
クロエの頭を撫でる。
「俺は、消えません」
クロエは、泣きながら彼へ縋った。
その光景を見て。
セレナの槍が、ゆっくり下がる。
討伐対象。
危険存在。
始祖。
そんな風には。
もう、見えなかった。
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