第二十三話:血月の翼
残り三分。
空に浮かぶ巨大な始祖拘束術式。
赤い月すら覆い隠すほどの異様な光が、十三番街全域へ重苦しい圧迫感を落としていた。
ノクスは静かに空を見上げる。
「……本気ですね」
レグルスが鼻で笑った。
「今さらかよ」
「昔っから、あいつらはこうだ」
始祖を恐れ。
始祖へ縋り。
そして――始祖を殺そうとする。
クロエはぎゅっと胸元を押さえていた。
苦しい。
術式が、自分へ向けられているのが分かる。
その異変に気づいたノクティスが、すぐ隣へ来た。
「クロエ」
初めての呼び捨てだった。
クロエが少し目を丸くする。
ノクティス自身も、呼んだ直後に気づいた。
「……あ」
レグルスがニヤつく。
「お?」
ノクスは静かに目を閉じる。
セレナは、なぜか少しだけ気まずそうだった。
クロエは小さく笑う。
「うん」
「なぁに、ティス」
ノクティスの心臓が、嫌なほど跳ねた。
「青春か?」
「違います」
「違うのか?」
「違います」
クロエは少し困ったように笑う。
だが、その空気をエルの警告音が切り裂いた。
「術式展開加速」
「対象固定開始」
空の魔法陣がゆっくりと回転を始める。
そして――
巨大な光輪が、時計塔へ照準を合わせた。
セレナの顔色が変わる。
「まずい!!」
「始祖座標を固定される!!」
ノクスの黒翼が大きく広がる。
「ノクティス」
「行きますよ」
ノクティスも静かに魔力を解放した。
赤黒い粒子が、空気へ滲む。
その瞬間。
クロエの胸が強く痛んだ。
「っ……!」
全員が振り返る。
クロエの背中から、黒い羽根がゆっくり零れ始めていた。
エルの端末が一斉に警告を鳴らす。
「始祖波長、急上昇」
「血月共鳴反応を確認」
空の赤月が、脈打つように明滅する。
レグルスの顔から笑みが消えた。
「……やべぇな」
ノクスの瞳が細まる。
最悪だ。
始祖拘束術式が、クロエの中の“始祖”を刺激している。
クロエは苦しそうに息を乱した。
「やだ……」
「なんか……怖い……」
ノクティスが即座に彼女を支える。
「クロエ!」
触れた瞬間――
ドクン。
血が共鳴する。
ノクティスの身体へ、始祖の魔力が流れ込んだ。
赤い瞳。
黒く染まる影。
セレナが息を呑む。
「……っ」
ノクティスの背中から、黒銀の翼がゆっくり広がっていた。
教会側観測班が悲鳴のように叫ぶ。
『始祖反応増加!!』
『未確認個体、第二始祖級へ変異!!』
ノクティスはクロエを抱き寄せたまま、静かに空を睨む。
その瞳にはもう、迷いは存在しなかった。
「……返してもらいます」
「この人の居場所を」
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