第十八話:始祖が拾った子
静かだった。
誰も言葉を失っている。
クロエの涙。
ノクティスの混乱。
そして。
空間へ広がる、濃密な血統共鳴。
エルの端末だけが、無機質な音を鳴らしていた。
「記憶同期率、上昇継続」
「封印領域、部分崩壊を確認」
ノクスが低く呟く。
「……止めろ」
エル。
「不可能です」
「血統共鳴が自律進行しています」
ノクスの表情が曇る。
最悪だった。
始祖の記憶。
それだけは、戻してはいけなかった。
クロエは、涙を拭う事も忘れていた。
脳裏へ流れ込む光景。
暗い地下室。
大量の血。
泣き声。
そして。
小さな銀髪の少年。
痩せ細った身体。
怯えた瞳。
傷だらけの腕。
『……いらない子』
誰かの声。
『失敗作』
『気味が悪い』
幼いノクティスが、小さく震えている。
クロエの胸が締め付けられた。
嫌だ。
こんなの。
その時。
記憶の中の“自分”が、少年へ近づく。
黒い羽根。
赤い瞳。
優しい笑顔。
『大丈夫』
『怖くないよ』
幼いノクティスが、震えながら見上げる。
『……きれい』
記憶が揺れる。
クロエの口から、無意識に言葉が漏れた。
「……ティス」
ノクティスの呼吸が止まる。
その呼び方。
その声。
忘れていたはずなのに。
胸が覚えている。
「……あなた、だったのか」
震える声。
セレナが目を見開く。
「ノクティス?」
ノクティスは、クロエから目を離せなかった。
「俺を……助けたのは……」
クロエ自身も混乱していた。
「わ、分かんない……!」
「でも、なんか……」
胸が痛い。
苦しい。
懐かしい。
まるで。
本当に。
大切な弟を、見つけたみたいに。
レグルスが静かに目を閉じる。
「……そういう事か」
セレナ。
「何を知っている」
レグルスは、小さく息を吐いた。
「昔」
「この人は、よくガキ拾ってた」
クロエ。
「え?」
「捨てられた吸血鬼も、実験体も、孤児も」
「片っ端から拾ってきてた」
ノクスが静かに目を閉じる。
否定しない。
セレナは言葉を失った。
始祖。
都市を滅ぼした災厄。
そう聞かされてきた存在が。
子供を、助けていた?
エルが淡々と記録する。
「新情報を確認」
「始祖個体、保護行動傾向あり」
レグルスが苦笑した。
「傾向ってレベルじゃねぇよ」
「だから苦労したんだ」
クロエは、まだ混乱したままだった。
でも。
ノクティスを見ると。
胸の奥が、暖かくなる。
ノクティスもまた、同じだった。
教会で、ずっと孤独だった。
なのに。
目の前の少女を見ると。
帰ってきた気がする。
その瞬間。
クロエの脳裏へ、最後の記憶が流れ込んだ。
幼いノクティスを抱き締める、“自分”。
そして。
優しく告げる。
『大丈夫』
『ティスは、私が守るから』
クロエの瞳が、大きく揺れた。
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