第十七話:血統の残響
時計塔の空気が、静かに張り詰めていた。
ノクティスは、荒く呼吸を繰り返している。
頭の奥が痛い。
知らない記憶が、断片的に流れ込んでくる。
赤月。
黒翼。
優しい声。
そして。
『ティス』
その呼び方だけが、胸へ深く残る。
「ノクティス」
セレナが警戒した声を出す。
「……大丈夫か」
「……分からない」
珍しく弱い声だった。
クロエは心配そうに近づく。
「顔色悪いよ?」
その瞬間。
ドクン――
また血が共鳴する。
ノクティスの瞳が揺れる。
近い。
彼女が近づくだけで、胸が熱くなる。
ノクスが静かに間へ入った。
「クロエ」
「少し離れてください」
「え?」
「今は危険です」
クロエは不満そうに頬を膨らませる。
「なんでー?」
ノクスは答えない。
だが。
理解していた。
始祖の血が、ノクティスを呼んでいる。
そして。
ノクティス側もまた、始祖へ引き寄せられている。
血統共鳴。
予想以上に深い。
エルが静かに端末を確認する。
「追加情報」
「対象ノクティスの血液内に、始祖因子を確認」
セレナが目を見開く。
「……本当に、始祖の血を引いているのか」
ノクティス本人が、一番理解できていなかった。
「そんなはず……」
「俺は教会で……」
エルは淡々と告げる。
「育成記録に、改竄痕を確認しています」
空気が止まる。
セレナ。
「何?」
「ノクティス・アルバ・オウルに関する、幼少期以前の記録が存在しません」
ノクティスの瞳が揺れる。
ない。
確かに。
言われてみれば。
幼い頃の記憶が、曖昧だ。
頭痛が強くなる。
暗い部屋。
血。
泣き声。
そして。
黒い羽根を持つ、誰か。
『生きて』
優しい声。
ノクティスの呼吸が乱れる。
「……っ」
クロエが思わず手を伸ばした。
「ティ――」
止まる。
自分でも分からない。
なぜ今、その名前を呼びそうになったのか。
ノクティスが、ゆっくり顔を上げる。
視線が合う。
その瞬間。
ブワッ――
赤い光が、二人の間で弾けた。
エルの端末が、一斉に警告音を鳴らす。
「血統同期率、急上昇」
「記憶領域共鳴を確認」
セレナ。
「何が起きている!」
エルが静かに答える。
「推定」
「封印記憶が、血統共鳴によって刺激されています」
ノクスの表情が、初めて明確に変わった。
「……まずい」
レグルスも低く呟く。
「記憶まで戻り始めたか」
クロエは、頭を押さえたまま震えていた。
知らないはずの記憶。
知らないはずの名前。
なのに。
胸が痛いほど、懐かしい。
そして。
脳裏へ、一つの光景が流れ込む。
幼い銀髪の少年。
血塗れの部屋。
泣いている小さな子供。
その前で。
黒い羽根の少女が、静かに微笑んでいた。
『大丈夫』
『もう、独りじゃないよ』
クロエの瞳から、涙が零れ落ちる。
「……なんで」
「私、この子を知ってるの……?」
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