第十四話:静かな吸血
チクリ――
小さな痛み。
それだけだった。
ノクティスは、目を見開く。
始祖の吸血。
もっと恐ろしく、暴力的なものだと思っていた。
だが。
違う。
触れる唇は、震えるほど優しかった。
クロエは、怯えるように血を飲んでいる。
まるで。
“奪う”のではなく。
“許しを乞う”ように。
赤い瞳が、わずかに潤む。
「……っ」
ノクティスの血が、静かに流れ込む。
暖かい。
不思議と安心する。
同時に。
クロエの暴走波長が、少しずつ落ち着き始めていた。
エルが端末を見つめる。
「始祖波長、低下確認」
「空腹状態、安定化へ移行」
セレナが息を呑む。
「……馬鹿な」
教会記録では、始祖の飢餓は災害。
一度暴走すれば、都市一つ滅ぶ。
そう聞かされてきた。
なのに。
目の前で起きているのは。
泣きながら、必死に耐えている少女。
レグルスが小さく呟く。
「……昔からそうだ」
「何?」
セレナが眉をひそめる。
レグルスは、クロエから目を逸らさない。
「この人は、最初から優しすぎる」
ノクスは静かに目を閉じた。
隠していた過去。
封じていた真実。
だが。
もう誤魔化せない。
クロエはゆっくり、ノクティスから離れる。
唇へ残る赤。
「……ごめん、なさい……」
真っ先に出た言葉は、謝罪だった。
ノクティスは、ぼんやり彼女を見つめる。
首元から血が流れている。
なのに。
嫌ではなかった。
むしろ。
満たされている。
その感覚に、自分で戸惑う。
クロエは涙目のまま、俯いた。
「私、変なんだ……」
「お腹空いたら、こんなの……」
声が震える。
「怖いよ……」
その姿に。
セレナの槍が、ゆっくり下がった。
討つべき災厄。
そう思っていた。
だが。
本当に?
この少女が?
エルが静かに口を開く。
「記録との差異を確認」
「始祖個体、極めて高い自制傾向あり」
「また、対象ノクティスとの接触時、精神安定率が大幅上昇」
ノクスの視線が、ゆっくりノクティスへ向く。
血統共鳴。
予想以上に深い。
ノクティス本人は、まだ理解していない。
だが。
始祖の血は、確実に彼へ反応している。
その時。
クロエが、ふらりと揺れた。
「クロエ!」
ノクスが支える。
クロエは、そのまま小さく呟いた。
「……眠い……」
限界だった。
暴走しかけた始祖。
飢餓。
血統共鳴。
身体も精神も、消耗しきっている。
ノクスは、静かにクロエを抱き上げた。
その動作は、あまりにも自然だった。
まるで。
昔から何度も、そうしてきたみたいに。
クロエは、ぼんやりノクスを見上げる。
「……ノクス様」
「はい」
「……なんか、安心する」
ノクスの瞳が、わずかに揺れた。
そして。
「――光栄です」
静かな声だけが、夜へ溶けていった。
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