第9話 緊急事態条項
その後、俺は「本当のスパイの告発」を行ったり、正義の執行を行えなかった者たちに対してノウハウを提供し、次々と政治家や官僚を成敗していった。
中には衆議院議員や大手上場企業の社長など圧倒的な社会的地位を持つ者まで告発に貢献することが出来たのだ。
俺は有頂天になった。俺こそが正義の執行者だという確信が日々積み重なっていく形だった。
しかし、その様相から暗雲が漂い始める出来事が起きた。
事の発端は2年前、憲法改正の国民投票が行われ、「戦争放棄」の9条を中心に憲法が改正された。
改正によって自衛隊は世界から軍隊と認められるようになり、
「これでようやくまともな国になれた」と多くの者が安堵していた。
俺もほとんど同意見だった。アメリカに守られているばかりでは独立国家ではない。
真の独立国になるためには自国だけで中国やロシアに最低限戦える必要がある。自ら戦争を仕掛けるわけでは無いのだから軍事力を持つことは構わないだろう――。
軍事力を持った上で戦争には参加しないという発信もしていく。それが真の平和国家なのだ。
確かに9条についてはその認識で間違いは無かった。
しかし、「他」が問題だったのだ――特に「緊急事態条項」が……。
俺は政治的な情報と悪の成敗、saekiさんのことにかかりっきりになっていたが、実は今日本はパンデミックになりつつあった。
Unknown21と名付けられたウイルスは致死率が非常に高いとされている。
”未知の感染症”ということでマスクの強制が行われ、今まさに憲法が改正されて初めて「緊急事態条項」が発動しようとしている……。
しかも、緊急事態条項が発動してしまえばワクチンを強制しつつ街をロックダウンして国民が接種率80%以上になるまで行動制限をするというのだ……。
「中には外国から”このUnknown21ウイルスが致死率が低いと言ったデマ情報が拡散されていますが、そういったデマ情報や医師に対する誹謗中傷は厳しく取り締まります。
詳しくは政府の公式見解をご覧ください」
そういった政府の声明が発信された。しかし、”致死率の高さ”というのは政府の見解には異常性を感じた。
「未知のウイルス」であることから検査の精度が怪しいにも関わらず、「陽性」と判定されるだけで「Unknown21の死者数」としてカウントされ、過剰にウイルスの脅威が評価されているのだ。
「いや、おかしいだろ……。デマ情報だって政府が勝手に定義づけたものじゃん……。何でもありでどんなことでも逮捕されるようになるだろ……。こんなの思想統制じゃん……。
兄貴は警察としてどう思うのさ……?」
俺はテレビの報道に怒りを震わせ兄貴の方を見たが――
「……俺は上の言うことに従うだけだ」
と青い顔をして兄貴は答えるだけだった。
「そ、そんな……」
「お前も注意しろよ。特にお前はただでさえグレーな政治的発信が多いんだからな。迂闊なことは投稿するなよ。こんなことはあんまり言いたくはないのだがな……」
クソッ兄貴までそんなことを……!
いや、待てよ。本格的な思想統制をされる前にSNSでムーブメントを起こすことができたなら……それこそ世論を味方にすることができたならどんな巨悪であったとしても倒すことができるはずだ!
緊急事態担当大臣を兼任している酔田育三法務大臣はNGO海外支援のキックバックを受けている――そんな情報が流れていた。
酔田大臣を倒すことが出来たらもしかすればこの緊急事態条項そのものに疑問符が付くこともあり得るかもしれない! データ改竄や言論弾圧は許されない!
『酔田大臣を許すな!』
『データ改竄をやめてキチンとしたデータを公表しろ!』
『ロックダウンをやめろ! 国民に自由を!』
などと熱意を持って投稿を続けた。
俺はこれまで〇×市長の追及、saekiさんの兄の押収した薬物の転売などで一躍ネットでのヒーロになりつつある。
俺が主張することに同調してくれる者は多く、「酔田は間違っている!」「緊急事態条項ヤバすぎる!」という声はさらに広がりつつあった。
もしかしたら今月のインプレッションによる収入は先月の倍にも達するかもしれない――
そんな中でDr.Kuiという名前のアカウントが俺に対して通話をしたいという要望が届いた。
別に全ての応答にこたえる必要は当然無いわけなのだが、どうしてか「応答しなくてはいけない」雰囲気を感じたのだ。
『五十具瞬君だね?』
いきなり本名で問いかけてこられたために驚いて肘掛があるのに椅子から転げ落ちそうになった。
『何のことでしょう? そんな名前の人は知りませんが?』
『正直に答えた方が良いと思うが? 君の住まいは〇〇県××市△△46‐23、父親は□〇社経理部長で兄は警察官だろう?』
全て合っていた。こいつは一体何なんだ……。逡巡したがここは本名で話すしかないような気もした……。
『そうです。俺は瞬ですが……Dr.Kuiはどうして俺のプライベート情報を知ってるんですか?』
『私には”知るだけの力がある”とでも言っておこうか』
そこで座りなおして身構えた。
『何が言いたいんですか? 俺に対して何をして欲しいんですか?』
『君は酔田大臣追及の発信をやめるべきだ。すぐさまこれまでの追及の投稿を削除しなさい』
そういうことか……だが、これは俺のポリシーだ。絶対に譲るわけにはいかない。カノンちゃんの復帰見込みが立たない中、俺には悪への追及が最大の存在意義なのだ!
『どうしてですか? おかしいことだらけじゃないですか。酔田大臣はPKO協力金のキックバック受けている。そして、緊急事態条項やロックダウンを発動するのだって全然大したことない状況なのに異常だ。
人権侵害だし、許されることではない!』
『私も酔田大臣がクリーンな存在ではないことは百も承知だ。
彼は手を出してはいけないところに手を出しているし。
彼が中心となって行った憲法改正だって緊急事態条項についてはまともに審議されることなく通過されてしまったことも事実だ』
『だったら――どうして!』
『君は決定的に勘違いしていることがある。世の中には触れてはいけないことがある。絶対的な権力があらゆる粗を覆い隠すのだ。つまり、君は悪が必ず裁かれると思っているようだが、現実には無罪放免で権力の座に居座り続けることは平然と起こりえるのだ』
『納得できません!』
『君が納得できるか出来ないかの問題ではない。君が手を引かなければ”それ相応の代償”を支払うことになるという事だ。酔田大臣は世界の金融財閥との繋がりがあり、超国家的な権力を使って圧倒してくるのだ』
『……こっちにも収入がかかっているんです。投稿を削除すればその分収入が減るかもしれません。これまでの投稿を消してぴたりと追及をやめるのであれば一気にフォロアー数も減ることになるでしょう。だから譲れないんです』
『君の言いたいことはよく分かる――それなら、最大の収入だった月の10倍を支払おう。勿論投稿を削除し、その後も投稿をしないことを確認し次第となるので、少し先に支払う事にはなるがね』
10倍だって!? この間は50万円だったから500万円になる。高校生でそれだけのお金がもらえたら一体何ができるのだろう――一瞬、それなら良いです! と飛びつこうとしたが、ブンッ! 大きく首を振ってその誘惑を振り切った。
このまま悪に身を沈めてしまうことに対しての抵抗感の方が強かったのだ。俺は酔田と同じところまで落ちたくはない!
『断ります。例え再々収入の100倍や1000倍の報酬を貰えたとしても靡く気は無いです。
ここであなたの言うことを聞いてしまえば、これまで毛嫌いしてきた政治家たちと同類になるから!
絶対にこれまで通りの発信を続けます!』
『……分かった。決意は固いようだね。ただ、覚悟しておくといい。私の申し出を断ったという事は確実に君の命運は尽きることになる。
全てを失うという事を理解することだな』
こうしてDr.Kuiからの通話は終わった。
ただのアンチによる工作活動だという可能性もある。
これが仮に本当に酔田側の人間だとするのなら逆を言えば相手もここは追及されては困るポイントとも言える。ここはあらゆる攻撃から耐え無くてはいけない踏ん張りどころなのだ。
だが、自分の荒い息が部屋中に響き渡っていた……。




