第10話 情報提供
俺は酔田大臣に関して追及しているジャーナリストの二枝さんという人に接触することになった。
俺の家からは離れている喫茶店で落ち合うことにした。誰かに後を付けられているかもしれないというリスクを考慮してのことだ。
当初は会うつもりは無かったが、二枝さんは是非とも酔田大臣を倒すために手渡しで資料を渡したいとのことだった。
俺の発信力では信憑性が低く、確かに資料も不足していたために限界を感じていたことも大きかった……。
しかも、明日からロックダウンが始まるのだから一気に外出しにくくなる。これがラストタイミングとも言えた。
どんな風貌なのかは知らないがこの喫茶店はロックダウン直前にもかかわらず客がいないために来たらすぐにわかるとのことだった。
待ち合わせ時刻の20分前に到着した。40代ぐらいの背広の男性が1人ぽつんと窓際に座って何か資料を確認している。間違いない、二枝さんだ。
「遅れて申し訳ありません。”教授”です。よろしくお願いします」
俺は頭を下げ椅子に腰かける。
「いえいえ、私も今来たところです。今SNSでも急成長している教授さんに接触出来て光栄です」
こちらが高校生の子供だと分かっても丁寧な物腰だった。二枝さんの机にあるコーヒーからは湯気が立っていなかった。もっと前から来ていたのだろう。
「私も著名なジャーナリストの方に声をかけていただけてとても光栄です。
なるべく信憑性のある情報を拡散したいと思っていますので」
俺は外向きには”私”という一人称を使う。何だか舐めていると思われたくはないからだ。
「それは非常に大事な観点です。世の中には”バズリ”を狙って過大に誇張した情報やソース情報とは違ったセンシティブな投稿を拡散する傾向にありますからね――今回お持ちしたのはこのデータです」
そう言って番号の付箋が付いた紙束をドサリと鞄から取り出した。 思わず声を失うほどの量だった。
「この資料①は今回の ウイルスがどれほどの危険度であるか? を示したN大名誉教授の分析です。普通の風邪と大差がないことが分かっています。これも酔田大臣が指示したことが分かっています。
資料②は酔田大臣のキックバックを受けたという大臣の元秘書の発言を裏打ちされています。
資料③は酔田大臣が海外からの送金をしたという現地法人の証言と銀行口座のコピー、
資料④は日本の緊急事態条項が他国と比べてブレーキ能力や罰則規定が甘いことを示す比較表になっており。
特に注目してもらいたいのは――」
「な、なるほど……」
二枝さんの山積みの資料と力説を聞き続けて、気が付けば1時間以上経過していた。幸い店内は空いていたのでいくらでもいてよさそうだったけど……。
丁寧に一つ一つ説明してくれたが、どれを拡散してもらってもしなくても構わないという。
「ここまで揃えられるとは凄いですね……。ですが、どれも記事になっていない情報ばかりで驚きでした……」
「僕はこの情報をあらゆる新聞社や週刊誌に売り込んだんです。最後の方はタダでも良いから掲載してくれと懇願したぐらいでした。しかし、どこも”デマ情報”ということで取り合ってくれなかったんです……」
「情報統制という事ですか……。私のところにも来ましたよ。酔田を追及する投稿をすべて削除しろとね。さもなくば代償を払うことになると。
SNSでの影響力が下がることに対する補償までするという話でした。
ですが、酔田と同じところに落ちたくないと思って断りましたがね。
政府の犬になってまでお金を得ようとは思いませんでしたから」
二枝さんは書類を袋に戻し俺の両手に握らせる。
「素晴らしい心がけだ。あなたのSNS投稿からは魂を感じましたが、想像以上ですよ。
あなたのような志の高い方にでしたらこの子達を託す価値があります。どうぞ、世に送り出してやってください。私たちで酔田を必ず倒しましょう」
懇切丁寧に集めた二枝さんにとっては子も同然なのだろうな……。
「今回の追及は想像以上に不都合な情報なのでしょうね。ですが、SNSでの拡散でしたら任せてください。
情報料などはお支払いしなくて良いのでしょうか?」
「現状では世の中に埋もれるだけの資料ですので、無料で構いません。
私はSNSが不得意でして……拡散能力に欠いているんで本当に助かります。地道な張り込みや取材活動やデータ収集は得意なのですが……」
「ありがとうございます。
酔田のような大臣がまかり通ってしまうようであれば、ただでさえ税制、外国人問題、政治資金問題などでおかしくなりつつある日本はもっと異常なことが起きてくるでしょうね」
「情報を流布する際には必ず他人の個人情報のところは隠してください。それだけが注意点です」
「分かりました」
「必ず大臣を逮捕させ、この緊急事態条項そのものを止めさせましょう。
今回の一件は仕方ないにしても、将来は自らの権力機構を確立するための緊急事態条項乱発と言った事態になりかねませんからね」
「私はよく事情を知らないのですが、緊急事態条項をそんなに簡単に出せそうなものなんですか?」
二枝さんは詳しそうなので聞いてみることにした。
「各国でも同じような緊急事態条項はありますが、他の国では憲法裁判所があり、憲法違反かどうかを審査することが出来ます。それに対して日本の場合は最高裁判所が”行政権に属する”という理由などで審査してくれない可能性すらあるのです。実際に”衆議院の解散”が審査されなかったケースがあります」
「そうだったんですか……。それは乱発されても不思議では無いですね……」
「さらに罰則規定も極めて諸外国と比べると甘いです。
他国では緊急事態条項にあたるものを審査し違憲の場合は死刑も下される重大な犯罪として問われますが、
日本の場合は現状ではお咎めが無い状況です。
このような日本の状況では行政府が好き勝手に緊急事態条項を乱発してくる可能性があるという極めて異例ともいえる状況なのです」
「日本がそんなことになっているだなんて……憲法が改正される際はそんなことになるだなんて思いませんでした……」
むしろ報道機関は「新憲法はグローバルスタンダードだ!」と絶賛するものばかりだった。批判するのは極左新聞ばかりでそれに耳を貸す者はいなかったのだ。
「私たち心あるジャーナリストは警笛を鳴らしていたのですが、今回のような言論弾圧に遭っていました。
”そんなことがあるわけがない”と言われたり”お前は有事の時どうするのだ?”などと言われてしまい封殺されたのです。
そのために関心があまりない層や憲法改正に少しでも好意的な層に対しては全く届いていなかったと思われます」
「今回と同じようなことが憲法改正の段階から起きていたんですね……」
「その時はあまりの圧力を前に私も諦めてしまったんです。ですが、今になってとても後悔しています。
あの時にもっと抵抗していればこのようなことにはならなかったかもしれない……。
酔田大臣の利権を崩せたかもしれない……。
そういった後悔が押し寄せ続けているのです」
「過ぎたことを後悔しても仕方ないと思いますよ」
「それは間違いないことですね。
しかし今現在、私があの時に想像していた以上に悪いことが起きようとしています。私たちの自由な生活は無くなり、さらなる言論弾圧が行われることでしょう。反対するものは拘束され、その他の者たちも自分の意思を押し殺す生活になっていくのです」
「それは悲惨ですね……分かりました。”教授”として最善を尽くさせていただきます」
「今後も私は取材を続けていこうと思います。追加の情報につきましてはまたどこかで落ち合いましょう」
これまでは噂話に過ぎないことだったが”武器”を手に入れることが出来た。これからは自信をもって発信することが出来るだろう。
「あと、最後に。私が自殺したとしても”自殺では無い”と思ってください」
「え? どういうことですか?」
「私の発信があまりにも不都合であるために、私を自殺に見せかけて殺そうとする者がいるという事です」
「まさか……いくら何でもそこまでするのでしょうか?」
「はは、仮定の話ですよ。お気になさらないでください」
お勘定は二枝さんがしてくれた。何を飲んで食べたのか記憶にすら無かったけどな……。
気が付けば2時間経過しており色々なことを考えさせられて緊張しっぱなしだったのもあった。
しかし、最後の二枝さんの神妙な表情が妙に頭に残ったのだった……。




