第11話 逮捕
「これだけ決定的な証拠が揃ったんだ。酔田も終わりだろう。後は必勝パターンのSNSで拡散しつつニュースを待つだけだ」
俺は意気揚々とデータを拡散した。今回はホームページで酔田を追及するための特設サイトまで作った。
SNSからの収益があったために外注をしたが、その価値はあった。
ソースの信憑性が更に上がっているために、ものの見事に広がったのだ。
しかし、数日もすると状況は一変した。緊急事態条項による「特別免責政令」が出されたのだ。
この緊急事態条項中には政府における高官の発言や政策については全て免責されてしまうという……。
まさに超越的な権力をいよいよ大胆に行使し始めたのだ。
更に政府から”緊急事態条項に反対する情報を流布している者は海外からのスパイだ!”とする旨が伝えられた。
それによると、外国のサーバーから緊急事態条項に反対する情報、酔田大臣の汚職に関する投稿が数万件にも上るという。
これらについても免責される可能性があるという情報がネット中を駆け巡った。
そして、政府の持っている情報が全てであり、それに反するものは全員スパイと認定するというのだ……。
スパイってそんなに簡単に認められちまうものなのかよ……。
「馬鹿な……。俺こそが正義……俺の方が間違っているはずが無いんだ……。必ず正義は勝つはずだ」
俺は懸命に拡散するように努めた。
しかし、この政令が出て以降俺のSNSの投稿そのものが”審査”を受けなければいけなくなり、投稿することすらも時間がかかるようになったのだ……。
まさか……検閲されているのか? まさかな? ちょっと注意深くなっているだけだろう。嘘はついていないんだ自由な言論は許されていいはずだ。
そんな風に思っていると俺のカノンちゃんのコミュニティに緊急の情報が入った。
国家情報局から「国家安全保障上の問題」を理由に逮捕されていたり、活動を休止したりしている者がいるとのことだった……。
『そんなことはアンチからのブラフだ。こちらは正当な主張をしているんだ。取り締まられる道義は無い。
気にすることなく活動を続けるように』
俺はそう言って鼓舞するが、「特別免責政令」が発動してからというものの眼に見えてコミュニティのメンバーと投稿件数が減っていた。
本当に逮捕されてしまったのか……それとも怯んで同志達が参加しにくくなったのかは分からない……。
しかし、アカウントそのものが凍結されているケースも増えていた。「審査中です」という文字が妙に切迫感を感じさせた。
「くっ……! どういうことだよ!」
『スパイを認定している政府の定義が異常だ! 皆で団結して言論弾圧に対抗しよう!』
と、俺は入力するがインプレッションやりポストの反応は薄い。
何てこった……。
俺が遭ったような脅迫に対して決意の弱い者たちは耐えることが出来ないのかもしれない……。
理不尽にもスパイ認定されてしまうことが怖いのかもしれない……。
仲間が一人一人剝がされているような状況で、俺ですら孤独感や不安感に襲われた。
真冬で素っ裸で放り込まれたような寒気にも襲われたのだ……。
そんな中、先日情報をくれた二枝さんから連絡が入った。
『また追加で重大な情報が入りました。渡すだけでも良いのでお時間いただけますか? 場所は先日の喫茶店の入り口でお願いします』
『勿論です。是非ともお会いしたかったです。最近、仲間が次々と活動を離脱して孤独感で押し潰されそうでした』
『それは大変ですね。今後についても一緒に考えていきましょう。ここが踏ん張りどころです』
二枝さんの発言は落ち着きがあり、俺は何か一筋の希望の光を見たような気がした。
二枝さんは明らかに俺側の人間だ。きっと過激な言論弾圧に対する対処の仕方や切り抜け方についても知っているに違いない。
だが、ヴァーチャルでのやり取りに関しては検閲されている可能性がある。ここはリアルで交流することが一番安全なのだ。
◇
しかし、今日は閉まっている喫茶店前に二枝さんは時刻になっても現れない。どうしてしまったんだろう……。
俺は今の不安感や焦燥感について共有できる相手というのが限りなく少なくなってきている。
最も信頼していたクラスメイトの同志沢渡すらも俺を敬遠するようになっている……。
俺はリアルでもSNSの中でも完全に孤立してきているのだ……。
二枝さんを待つ間に他の人がたまに通りかかるが、”通報されるのではないか?”と思って一時喫茶店前から離れたりするなど緊迫の時間が続いた。
まだ、何も起きていないのに手に汗握っているのだ……。
しかし、待てども待てども二枝さんは結局現れなかった……SNSで連絡し続けても何の反応も無い。
前回は20分早く来たのにそれでもコーヒーの湯気が立っていなかった。それぐらい真面目な人だったのにどうして……。
帰りの電車が遅れており、トボトボと帰った。家に着いたときは昼前に出たのにもう夕方だった……。
完全に徒労に終わったこともあり疲れは二重にも三重にも感じたのだった。
そして、家に帰ってからコーラを飲みながら夕刊を開くと――
「な、なんだよこれ!?」
思わず吹き出しそうになった。
その新聞記事では「ジャーナリストの二枝博也氏 東西線で飛び降り自殺 ロックダウン中のため交通への影響は軽微」
という記事が三面ではあるものの躍っていた……。
しかも、二枝さんについての紹介は”陰謀論をまき散らすデマ情報を拡散していた”という修飾語が付いていた。
陰謀論じゃなくてちゃんとした情報なのに……。緻密に取材を重ねてきた結果なのに……と思うと悔しくてたまらなかった。
私が自殺したとしても自殺では無いと思ってください――その声が蘇った。その時は不穏には思ったものの冗談だと思っていた。
でも、実際にその記事が出た時に「その意味」が初めて分かった。きっとあの段階から何かしらか”予兆”を察知したのだろう。
これが名前を出して取材をしている者のリスクなのか……。
だが、俺も名前や住所が”アイツラ”に割れているんだ。似たようなものだ。手を引いた方が良いのだろうか……。
そんな風に思いながらPCを開いたが――
「え……」
『あなたのアカウントは、スパイ防止法第7条、緊急政令第6条及びRの利用規約に基づき、現在精査中です』
――俺のあらゆるSNSやメールアカウントがことごとくアクセスできなくなっていた。
パスワードの入れ間違いかと思ったが、様々な方法を試みたが全くの無駄だった。
しかも、「フーグル」すらログインできないためにそれに紐づけられたデータなどにもアクセスできない……。
携帯電話も「不通状態」になっている。クローズドなSNSにログインも出来ないために誰に対してもアクセスを試みることが出来ない。
つまり俺のありとあらゆるアカウントは凍結されたのだ。
カノンちゃんのように全てが突如として終わったのだ……。
カノンちゃんも結局あれ以来復活していない。俺も終わったのか……いや、これはきっと何かの間違いだ。
今は一時的な審査を受けているだけで大丈夫だ……そう言い聞かせて息を整えていると、
ピンポーン! と家中にインターフォンが低く鳴り響く。ビクッと反応したが、観念したように俺は椅子から立ち上がる。
「五十具 瞬さんだね? 警察の者だ。君にスパイ防止法違反疑惑、緊急事態条項に伴うデマ流布疑惑逮捕状が出ている。来てくれるね?」
そう言われて警察手帳を見せられた時、俺の頭の中は真っ白になった……。
夢であってくれ……。たまたまアクセスが出来なくなっただけだと言い訳がどこかでしていたが、それが全く無意味であることが分かったのだ……。




