第7話 難題
saekiさんの文章からは他の人に無い鬼気迫るものを感じた。自分の力だけではどうしようもない……そういう訴えかけが俺に響いたのだ。
『saekiさんよろしくお願いします』
『教授。いつもお世話になっています。カノンちゃんのファンを支える活動だけでも凄いと思っていたのですが、それだけでなく〇×市のことでも実績を挙げられているなんて尊敬します』
『いえいえ。私の力なんて大したことはありません。kuwaiさんの一件は証拠が適切で、たまたま拡散の波に上手く乗っただけに過ぎません。
saekiさんのことに関しても証拠次第だと思います。あくまでも私はノウハウを提供するだけですからその点をご了承ください』
本心からはそう思っていない。俺の力であれば大抵のことであればなんとかなると思っている。だが、リスク管理としてこういう発言をせざるを得ないのだ。
『分かりました。現在八方塞がりなので藁にも縋る思いですからそれで問題ありません……』
『それでどのような状況なのですか? 勿論ここで得た情報は外部には勝手に流さないです。警察についてのご相談だったと思うのですが』
『実は私の兄は麻薬の密売を行っていました。それ自体は悪いことですし、罰せられ罪を償なわなければいけないことでしょう。それについては仕方ないことなんです。その後が問題だったんです』
『え? 何があったんですか?』
『実は、兄の扱っていた薬物がちょっと特殊な奴でしてかなり希少だったみたいなんです。
ですが、その薬物が再び市場に出ているという話があるみたいなんですよ……。
恐らくは警察が押収したものを再び世の中に売り捌いているものだと思うのですが……』
『それは酷いですね……。警察は日本の正義を守るために存在しているはずなのに……』
また警察かよ……。兄貴が警察官だからあまり疑いたくはないのだが、正義を遂行する警察官ばかりでは無く権力側と癒着する奴らも多いのかもしれないな……世の中、結局のところ金が人々の意思決定を狂わせる。
それは、なった当初は志が高かった警察官とて例外では無いのだろう。
金は生活のために最低限必要だが非道なことをしてまで儲けたいとは思わないな……。
『でも、証拠はあるんです。これをSNSでアップロードすれば希少性が理解でき、警察が売り捌いたという証拠にも繋がると思うんです』
『ただ、一つ注意しなくてはいけないことがあると思うんですけど、この情報を公開することであなたやあなたの家族は再び”麻薬密売人の家族”という事が再認知されてしまい白い目で見られることになります。
それでも大丈夫ですか?』
『……覚悟の上です。これ以上、私の兄が売り捌いた薬物で犠牲者を出すわけにはいきませんから』
並々ならぬ強い決意を感じた。俺も俺の出来ることをしてやろうと思った。
『分かりました。そこまでおっしゃるのでしたら、協力しましょう。
どういうタイミングでどういう投稿をすればいいかお教えしますので』
『ありがとうございます。最初は拒絶されるかと思ったのに話を聞いてくださった上に、こんなに良くしていただけるだなんて……』
『いえ、これ以上被害を拡大させたくないという気持ちに胸を打たれました。必ずや悪に裁きの鉄槌を下しましょう。私にkuwaiさんの持っているデータを個人情報を隠して送ってください』
『分かりました。よろしくお願いします!』
俺のノウハウで悪を次々と罰してみせる。公権力を使って「旨い汁を吸って逃げ切り」だけは許さねぇぞ!
◇
佐伯稔章――調べてみたところそれがsaekiさんの兄の名前だった。希少な合成麻薬を自ら作り出し、売り捌いた罪で逮捕されたようだ。
詳しい情報をsaekiさんから得てそれを個人情報をなるべく消しつつ拡散したのだ。
だが、しばらく推移を見守ったが残念ながら今回は「kuwai」さんの時のようにはあまり響かなかった。少し証拠の信憑性が足りなかったからかもしれない。
薬物を売り捌いている警察官の個人名を挙げることができなかったのも痛恨だったと言える。希少薬物が再び売り捌かれているという状況証拠のみでは厳しいのだ。
また、直前の「kuwai」さんの一件があまりにも刺激的過ぎたために刺激性が低いと判断されたのかもしれない。少し期間が経っても依然として〇×市の市長とその市の警察の癒着ばかりが話題に頻繁に挙がっている状況だった。
むしろ、薬物を売った売人の家族の証言という事がマイナスに働いていた。犯罪者家族が適当なことを言っている――そんな酷い投稿も目に付いた。
どうしたものか……ここは別の角度から見ていく必要がありそうだった。
もっと名前が出てくるような決定的な証拠が必要だ。
そのためには何かしら物証を抑えなくてはいけない。
”教授”としてのツテを全力で活用し、何かしらの手掛かりを見つけられないかと思ったのだ。
『saekiさんの助けになりたいんです。何か手掛かりになる情報は無いでしょうか? どんな些細な情報でも構いませんのでご協力よろしくお願いします』
そう呼びかけた。
俺のコミュニティ内で日々高まりつつある信頼度からか、情報はそれなりに集まった。
しかし、寄せられる情報はピンキリだった。全く関係ない話や冷やかし、kuwaiさんへのコミュニティ外からの誹謗中傷みたいなものもあった。酷いものはブロックして通報しておいた。
大半は使えない情報の中でも少ないながらもキラリと光る情報もあった。
麻薬に関して取り締まるのは何も警察だけではない。厚生労働省に麻薬取締部(通称:マトリ)が存在し、そこで管理しているのだという。
更に、マトリの中で突然羽振りが良くなっている丸井という人物がいることが分かった。
公務員は副業が禁止されているが半ば黙認されていることもある。どうやらその丸井はその”副業”で大成功しているらしいFXか何かで大儲けしているのでは無いか? と同僚からは言われているそうだが、俺は丸井を調べる価値はあると思った。
『分かりました……。丸井という人物が売り捌いているという直接証拠を取ればいいんですよね?』
saekiさんに伝えると、返答からはこうした何やら不穏な決意を感じ取った。
『え? どうするおつもりですか?』
『……丸井を私が尾行や見張りをします。決定的な証拠の瞬間――つまり、受け渡しの現場を押さえるんです』
その返信を見た時に思わず目を見開いた。
『それはかなりリスクがありますよ? もしかしたら、saekiさんが住居侵入罪や迷惑防止条例違反などで逮捕されてしまうかもしれないですからね? 取引相手だってただの素人じゃない。周囲を警戒しているに違いないんですから。見つかれば暴力を振るわれたり最悪は命を落としてしまうかもしれませんよ?』
これらは全てたった今AIによって出てきた答えだったが、それにしたって全てが納得できるような理由だった。
『……それでもやらなくてはいけないことだと思うんです。私の兄の薬物が再度売り捌かれているだけでなく、私たち残された家族の名誉まで傷つけられているんですから』
『そうですか……』
しかし、saekiさんの決意は固い
これ以上止めても無駄そうだった……ならば、俺ができることは情報提供とノウハウだけだった。
だが、その熱意と執念にはこちらも突き動かされるものがあった。俺の出来るベストは出そうと思った。
『他のカノンちゃんのファンから聞いたのですが、埼玉県のとある場所で薬物を取引していると言われている地域があるんです。
”外国人特区”のような状況になっていて警察の取り締まりも見て見ぬふりをして甘いみたいなんです』
言語が通じず通訳も不足しているために外国人犯罪者は現行犯逮捕でも不起訴といったケースもあるようだ――今はAIなどで翻訳できるのだからどうにかして翻訳して起訴しろよな……。
『そんなところがあるなんて……』
『もしかするとそこで聞き込みをすれば流通経路を探せるかもしれません。
ですが、外国人が多く身の危険を感じる瞬間が多いかも分かりません』
『何もしなければ名誉は回復しません。自分で勝ち取らなくてはいけないんです。
良い作戦を探します』
ただ、saekiさんは猪突猛進で一種の危うさを感じる。このままいけば間違いなく失敗することは目に見えていた。
『少し待ってもらえますか? 比較的安心して撮影が出来そうなポジションを探してみせますので。
ここは一旦熱を冷ましてなるべく成功確率が高い方法を考えていきましょう』
このままsaekiさんが逮捕されれば俺の信用問題にも関わる。俺がsaekiさんの投稿を拡散したという記録は消すことは出来ないからだ。これ以上、迂闊に行動させてはいけない気がしたのだ。
『分かりました……教授のおっしゃる通り少し熱を冷まして冷静になってみます……』
その投稿を見た時心の底からホッとしたと同時に、この状況の打開策を俺自身が見つけなくてはsaekiさんが再び暴走しかねないという恐ろしさも兼ね備えていることにも気づいた……。




