その48
その48
”カン!”
”カン!”
”カン!”
けたたましい盤木の連打の音で目が覚めた。ノーザンピークの砦に来てから6日目の早朝、まだ薄暗さがいくらか残っている時刻の事である。
朝飯ぐらい食わせろ! と、言いたい所であるが、のんびりしていたらこちらが魔物の朝飯になってしまう。
手早く防具を着込み大型の和弓を担いで、アズミと外防壁、一番山側の防壁の上に陣取る。
防壁の上で主力となるのは国軍から派遣された10名の魔法戦士、高威力の範囲魔法を使えるものが、第三ゲートに3名、中央の第2ゲート4名、一番東側の第1ゲートに3名配置されている。
その他に配置された人員は、冒険者の魔法使いと弓部隊。パッと見るとかなりの陣容である。
が、とりあえず、一番外側の防壁に陣取ったは良いが、俺とアズミにとって、ちょっと塩梅が悪いのである。
なぜかと言うと、残念な事に魔法戦士は魔力を使い切ると戦えず、特に威力の高い広域魔法は魔力を爆食いするので、一人10発程度しか撃てない。
したがって、十分な効果を出すべく、しっかり引き付けてから、距離にして100メートルまで引き付けてから攻撃を始める。
ここまでは聞いていた。だから、魔法部隊が火ぶたを切るまで、魔物が100メートルに接近するまでは俺とアズミは弓で自由に攻撃してもいいと思っていた。
しかし、その先、魔法部隊は強力な魔法を撃てる順に三つの部隊に分かれていて、まず広域魔法を撃ち、打ち漏らしの魔物を中域、さらに残りを個別の小型のファイアーボールや弓でせん滅する手順になっている。
そこまでの詳しい手順はさすがに聞いていなかった。
もし、手順が逆になって、弓で魔物を倒したとしても、その後で打たれた範囲攻撃で弓で打たれた魔物もその範囲に入っていたとすれば、とうぜん弓の攻撃は無駄だったことになってしまう。
弓の攻撃は範囲魔法の取りこぼしを倒してこそであって、だが、カズとアズミにはそのころにはゲート前の剣士の部隊に戻らなければならない。いくら魔物を倒したとしても、ほぼ、ただの見世物にしかならない。
これ見よがしに大型の和弓を構えても、周りからは
”訳の分からん初心者がエエ恰好しいでがんばっちゃって、まあ!”
と言うような、生暖かい視線しか集まってこない。
仕方のない事である。だが、今更止めるわけにもいかず、ここまで来たらやるしかない。
「カズ! いくわよ! 」
アズミの凛とした声が響く。
こんな状況でもアズミには全然ブレは見えない。
もっとも、アズミは見世物になったとしても、少なくとも見栄えはする。
俺とは真逆である。
せめて俺様はアズミの引き立て役にでもなれれば僥倖である。
距離は400メートル、現代の日本の弓をはるかに凌駕する。
強弓で知られる戦国時代の武将でも、届かせるのがやっとの距離であるが、ここは異世界、身体強化のチートはもちろん、武器にまで魔力を通わせた矢に不可能は無い。
魔物の群れは遠く、帯のように広がっている。
静かに、凛として立つ。
普段はアニメ仕様のチャラいキャラとして見られがちのアズミであるが、弓を構えた瞬間、立派な大和なでしこである。
この世界の、強さと言えば、筋肉ゴリゴリの汗臭さしか見たことがない御仁には、この冬の朝の霜のような、静謐な強さは新鮮な驚きであるだろう。
射法八節、
足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け、会、離れ、残心、
よどみなく、滑らかに、一切の迷いを捨てて舞うように動く所作に、鋭い羽音を立てて、矢は1本、また1本と放たれてゆく。
たかが見世物、これぞ見世物である。
「おお!!」
と言う賛嘆のざわめきや、
「おい、当たっているのか? と、言うか、あんなに遠いのに届いているのか?」
冒険者から声も上がる。
「届いてる。魔物の群れに吸い込まれているから、多分どこかには当たっている。」
目のいい冒険者の一人が答える。
この辺までは良かった。
見ている方も魔物が迫るまでの手ごろな時間つぶしの見世物であった。しかし、現れる魔物の数が異常で、際限なく増えてくるのが判ると、弓の見物どころではなくなってくる。
「おい! ちょっとヤバいんじゃないか!」
と、言う声が、
「町に伝令を出せ! いざと言う時の避難準備をさせろ! 」
と言う声に代わる。もう誰も弓の事など見向きもしない。だからと言って、止めるわけにもいかない。限りなく無駄に成ると言っても、一匹でも魔物を減らしておきたい局面である。
こんなはずではなかったと思いつつも、誰にも見向きもされずに魔物が100メートルの距離に近づくまで、ただひたすら弓を射続けた。
魔物との距離100m、魔法部隊は魔力切れに成ったら後退するので、弓を預けてカズとアズミは第3ゲートの剣士部隊に合流する。
”ズダダダン!!”
ゲートの外に出た時、爆音を響かせて広域魔法の攻撃が始まった。
直径30メートルも有ろうかと言う炎の塊りが、列をなして10個も出現し、同時に爆散する。
あっという間に魔物の死骸外の山が山脈のように連なる。それも、広範囲の魔法攻撃だけではないので、攻撃は果てしなく、延々と感じるほど続く。
カズとアズミは初めて真に魔法の威力を知った思いがした。と、同時になぜ冒険者の魔法がショボいのか分かった気がした。
冒険者の魔法使いがこんなド派手な魔法を使ったとしたら、主に仕事場である森はすぐにズタボロになってしまうし、肝心の獲物もズタズタで売り物にならない。
こんなド派手な魔法は軍隊でしか使いようがない。
アズミに肘をつかまれたので、引っ張られた方についていくと、ダゲールがそこに居た。
良く判らんが、要するに強者の側の方が楽が出来る? まさか命の危険が有って、生存率を上げるためとかではないよな?
広域魔法の威力はすさまじく、見渡す限り・・・ほとんど見渡す限り・・・かな? 少なくとも見渡す限り倒れ伏した魔物の山である。
「ダゲールさん、もうほとんど魔物が見えないようですが、俺たちの出番は有るんですかね?」
ちょっと尋ねてみる。
「気を抜くなよ。 普段でも魔法部隊が倒せる魔物は全体の三分の二程度だ。 魔物が多い時で半分は残る。今回は魔法部隊が倒した数より、もっとずっと多くの相手をしなければならないかも知れない。」
魔物の姿はずっと遠くで、数までは判らないはずなのになんで? と、顔に出すと、今までここに押し寄せた魔物の数と密度がいつもよりもずっと濃いのだそうだ。
「こう言う時はスタンピードが大掛かりになる。体力勝負、気力勝負になる。なるべく体力を消耗しない戦いをしろ。」
だそうで、理想的には首を落とすより、頸動脈だけ切るような戦い方をした方が良いそうである。
魔法部隊の打ち漏らしを気持ちよく処分しているうちに、遠くの方に帯のように広がっていた魔物の群れが近づいてくる。
まあ、それは想定の内だったが、その群れが何時までも途切れる事がなく、
”おいおい、いい加減にしてくれ!”
と、叫びたくなってしまった。魔法部隊の 殲滅があまりにもすごかったので、ダゲールの話は話半分に聞いていたのだが、半分どころか倍にして聞いていた方が良かったかもしれない。
半分は魔法部隊が処分したはずが、すでに元に戻ってしまって居る。いや、始め押し寄せていたよりももっと数が増えているかもしれない。
いくらなんでも今からスタンピードの手伝いなど無かった事にして帰ってしまうのは拙いよな。
これ、オレは無事に生きて戻れるんだろうか?
一対一で戦っている分には問題は無い。魔物のほとんどはゴブリンやワイルドウルフ級のごくささやかな魔物で、少数のオーク、まれにオーガがいて、中にはかわいらしくホーンラビットなども混じっていたりする。
とにかく取り囲まれては拙い。いや、弱小な魔物相手だ、取り囲まれたとしても当面は何とかなるだろう。しかし、うまく立ち回らないとどんどん体力が削られ、やがて動けなくなってしまう。
「バレット!」
しかたなくバングルに仕込んだバレットの魔法まで使うはめに成る。うまく立ち回ったつもりでも気が付くと魔力も体力も削られていく。
それでもすり抜けようとする魔物や、隣で戦っている冒険者、彼もD級でC級推薦枠のせいか腕前が今一つで、かと言ってほっておいてやられてしまうと、こちらにシワ寄せが来てしまうので、手を出さざるを得ない。
やっている事は勇ましく、盛大にバッタバッタと魔物をなぎ倒しているが、精神的には真逆。
倒しても倒しても減るどころかかえって増えていくような気がする。切ってもかすり傷も与えられない魔物相手に、じりじり押し込まれて、必死に頑張っている気分である。
押し寄せる魔物の群れに押し込まれて、”いよいよヤバいんでないの?” と言う局面になって、
「唐辛子玉!!」
あせって裏返ったゲルトの声が響く。
「ペエ助! 唐辛子玉だ!! 急げ!!」
”ゲルトの奴、この期に及んでも俺の事をペエ助呼ばわりか!”
カズは一瞬ムッとするも、今はそんな事を考えている場合ではない。清く正しく現実と向き合い、つまらない行きがかりはさっぱりと切り捨てて・・・とはいくわけがない、暗澹たる思いを抱えつつ、冒険者に影響の出ないように、少し沖の方に唐辛子玉を投げ入れる。
同時にカズだけでなく、アズミとダゲールも唐辛子玉を投げ、合計3個の唐辛子玉が投げ入れられた。
やっぱりみんな”ヤベー!!”と思っている証拠である。
流石に3個もの唐辛子玉を投げ入れると、嬉しい事に効果のほどはなかなかで、一時的とはいえ魔物の群れも足が止まる。
無理やり押し出されてくる魔物も、とうぜんまだ半めくら状態、中には目も鼻もぐしゃぐしゃで、ついでにせき込んでしまって、”どうぞ殺してください。”と言っている奴までいて、やっとこちらも態勢を立て直す事が出来た。
この辺で魔物の勢いが弱まってくれれば、”やー、今回のスタンピードはすごかったね。” で済んだはずであるが、一向に勢いは衰えない。
へろへろに削られていく手足の力を、何とか魔力で支えながら、それでも足りずに唐辛子玉に頼る事に成る。
「第三ゲート、後退準備!」
ゲルトの声である。
やっと一番外のゲートの外から一つ内側に入る事に成った。
この防壁は魔物を中に入れないための物ではない。魔物の数を制御して、つまり、入り口から少しづつ入ってきた魔物を皆でタコ殴りにしましょう、と言う意図で作られたものである。
本来ならばこれでぐっと楽になる。本来ならば。
しかし、無理やり押し込んでくる魔物の数は予定よりも多く、それを迎え撃つ冒険者の体力は予定よりも・・・はるかに削られている。
体力はもうない。魔力で補うしかない。思考力はすでに失われ、反射神経だけで戦う。今まで座禅を組んで極めようとした無念無想の境地に強制的に入れられているようなものである。ただひたすら戦い続ける事だけを念じながら、全身に魔力を巡らせ、戦意だけを保ち続ける。
それでも中間防壁を後退して最奥の防壁を背にして戦い始めたころ、やっと魔物の数が減って先行きが見えてきた。
”何とかなる!”
ほっとしたのもつかの間、最後にして最高の難関が襲い掛かる。
「げえ~!!」
とか、
「ぎゃ~!!」
とか、悲鳴に交じって、
「なんであんな奴が出てくるんじゃ!!」
などと言う声が上がる。
5メートルを超すかとも見える一つ目の巨人、サイクロプスと言うらしい。
そのどでかい奴がどでかい金棒を振り上げて、防壁を一撃、ついでに足蹴りを一発、それで脆くも防壁はぶち壊れた。
”こりゃ~もう終わった・・・・”
力も気力も抜ける思いだった。向かって来る奴はちょっとしたビルディングぐらいもある。みんなが持っている刀や剣でははるかに急所にも届かない。
わずかに目が有りそうと言えば、そのったった一つのどでかい目玉であるが、相手もそれは承知のうえで、わずかに残っていた魔法使いが、なけなしの魔力を振り絞って放ったファイアーボールを、片手で振り払ってしまう。
残り少ない弓矢隊の小型の矢などは、ちょっと顔を背けるだけで分厚い顔の皮には刺さりもしない。
「弓を取ってくる。抑えていて!」
言い捨てて、アズミは走って行った。魔力切れになって撤退していった魔法使いに預けていた弓を取りに行ったのだろう。
抑えられると信頼してくれるのは嬉しいが、体力も魔力も尽き果てた現状では信頼にこたえられる気がしない。
「グギャー!!」
取り合えず唐辛子玉を投げる。最後の1個である。手で払っても唐辛子粉は一面に舞い上がって、目潰しとしては成立する。
目潰しを浴びてサイクロプスは絶叫する。
無属性の風魔法で唐辛子粉を吹き払ってから、後ろに回って、かかとのすぐ上の足の腱を狙った。
相手がでかすぎる。刀の届く範囲が足ぐらいしかない。絶望的だが何かをしなければならない。橋脚と間違えそうな足の電信柱かと思えそうな腱に切りつける。
当然と言うか、とてもじゃ無いが一刀両断とはならない。
しかし、さすが日本刀と言うか、多少のダメージは入るようで、10回か20回か同じところに切りつければ切断できそうである。
でも、この程度でさすがと言わなければならない所が悲しい。
何をするにしろサイクロプスの目が見えない内である。暴れまわるサイクロプスの足の動きを読みながら、二度三度と切りつけると相手も対抗策を出してくる。
周りの土砂を蹴り飛ばす、直線的に蹴るのではなくて、足を地面につけてえぐるように円形に振り回す。
あたり一帯に、ダンプカーでも処理できない量の土砂が飛び散ってくる。
うかつに近づけば土砂に跳ね飛ばされるか埋もれるか、何とか入り込もうと、隙を狙ってうろうろする内に、サイクロプスの視力が回復してしまった。
遠距離攻撃が有れば、魔力が残っていれば、もう少し話は違っていただろう。
だがもはや魔力も体力も尽き果て、気力だけで立ち上がっている状態である。
それまで目を隠していた手を下げ、ぐるりと首を巡らして、どでかい目玉でぎょろりとこちらを睨む。ロックオン、どうする、なにする、もはや打つ手は何もない。
「ドリャー!!」
裏返った、場違いな奇声を上げながら割り込んできたおバカさんが一人。
ゲルトである。
ギロリ、
サイクロプスにひと睨みされて、ゲルトは硬直する。
”いや、ゲルトが、なけなしの勇気を振り絞って、向かって行ったのは評価するよ。しかしだね~”
ゲルトの役割はそこではない。このどうしようもない状況で第三ゲート隊はどう動くか? もうすぐ決断しなければならなくなる。
第一、第二ゲートからの援軍は期待できるのか? ここで全滅するまで戦うか? 町まで引いて町の防壁を背にして戦うか? それらの判断をするのがゲルトの役割であるはずだ。
それが飛び出したはいいが、サイクロプスの威圧を受けて硬直してしまって居る。
本当にバカである。
サイクロプスは余裕の態で、ゆっくり右足を上げて、今にもゲルトを踏み潰そうとしている。
「逃げろ!!」
声を上げたがゲルトは蛇に睨まれた蛙宜しく身動きもできない。
「どけ!!邪魔だ!!」
ゲルトの奴、日頃やたらに弄って来るくせに、いざとなるとこのザマである。
つい、日ごろのうっぷん晴らしに思い切り体当たりしてしまった。
やってしまって、思い切り後悔してしまう。
全力を使うのではなかった。
売り切れていた体力が完全完璧になくなってしまった。
せめて半分は残しておくんだった。
ろくに根性もないくせに畑違いに飛び出してきたゲルトを”バカだ!”と思ったカズだが、本人もしっかり馬鹿だった。
人間って本当はみんな馬鹿なのかもしれない。
幸運だったのは今の体当たりでカズとゲルトの二人ともがサイクロプスの足の下の位置からずれたことである。
だがサイクロプスの、思い切り振り降ろされた足のあおりを受けて、飛ばされる。
“立て!!立て!!立て!!”
必死になってそれだけを念じていたことは覚えている。
死に物狂いでもがいていた。何とか立ち上がったような気もするし、出来なかったような気もする。
ついでにアズミの声が聞こえたような気もしたが、空耳だったかもしれない。
意識が有ったのはそこまでだった。
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