21話 相談屋の長い一日(二)
厳しい尋問でも始まるのかと身構えていたが、俺は使用人たちに塔の一階の土間に投げ込まれ、それっきり放置された。
窓もない暗い場所だ。
明かりといえば天井兼二階の床板の隙間から微かに漏れてくるだけだった。
両手両足を縄で縛られて土間に寝転がった自分の体を、どうにか確認できる程度である。
これが完全な暗闇であれば、何もかも全て忘れ、金縛りにでもあったのかと特に気にも留めず、目を瞑って眠りに就けただろう。
しかし、陰気な土間と縄が目に入れば、嫌でも現実を直視せざるをえなかった。
もっとも、その現実さえも俺にはあやふやな代物だったが。
ジエリは何度も呼んでみても、まるで反応はなかった。
裏切るようなヤツではない。
能天気で騙されやすい彼女だが、少なくともその点は信用していた。
良くも悪くも、彼女が俺を見放すならば、目の前で散々に罵倒してはっきりとそう断言するだろう。
訪問者があったのは、俺がジエリを呼び出すのを諦め、これからの展開について考え始めた頃だった。
腰高の低い扉が開き、差し込んできた太陽光の眩しさに俺は目を細めた。
顧問官が帽子を押さえながら身を屈めて中に入ってくる。
「あまり長居したい場所ではないな」
彼は狭い土間を見渡し、率直な感想を述べた。
同感である。
「いつになったら、ここから出してもらえるんだ」
俺はもぞもぞと体をくねらせて上半身を起こす。
「もうすぐだ。昼前には審問が行われる」
「審問? 誰が誰を、何について審問するんだよ?」
「決まっているだろう。私たちが、お前を、大王しい逆の件でだ」
「俺じゃない」
顧問官は何ともいえない複雑な表情を浮かべ、すぐに同意しなかった。
「まさか疑っているのか?」
彼の態度に俺は少なからず傷ついた。
信用してくれると思っていたのだ。
「そう信じるだけの確証を得られずにいる。とはいえ、もはや事態はその段階にはない。審問はお前の容疑について質すために行われるのではない」
「回りくどい。はっきりと言ってくれ、はっきりと」
彼は俺の前にしゃがみ込み、視線を合わせて要望通りに話し出す。
「お前が大罪人として斬首刑に処されるのは、すでに定められたことだ。問題は、お前がただの実行犯で、その裏に計画犯が存在しているか否か、いるならば誰か。査問の焦点はそこだ。計画犯は私。お前の部屋から、見に覚えのない私の密書が発見されるだろう。そういう筋書きだ」
顧問官の話をすっかり飲み込むまで、かなりの時間を要した。
無罪の人間を斬首するだって?
まともに調べもせずに?
この世界の司法制度はどうなっているんだ。異端審問か、これは。
俺はギロチンで首が落ちるシーンを想像し、そのおぞましさに唇を歪める。
もちろん、その首は俺の物ではなかった。
どうにも実感が湧かない。まるで全てが他人事のようだ。
だからこそ取り乱しもせずに冷静でいられた。
「黒幕は誰だ」
俺はその存在を疑わなかった。
「おそらく大臣だ。私が会議でお前について話題にしたのを聞いて、お前を利用して俺を追い落とし、国を帝国に売るにはいい機会だと考えたのだろう。このままだと、大臣が姫の名代として実権を握り、ここは帝国の一領土に成り代わる」
「姫は大丈夫なのか?」
俺を大王のところまで案内した彼女も無事ではすまない。
「この城で一番安全な場所にいる」
つまりは姫の部屋だ。
「姫に目覚めてもらえば、それで済む話だろ」
顧問官の反応は鈍かった。
俺が考え付くことぐらい、彼もとっくに熟考しただろう。その結果が、彼のいまいちパッとしない態度というわけだ。
「どうだかな。姫が出たとしても、偽物だと主張されればそれまでのことだ。誰も確かめようがないしな。命を失うかもしれないのに、姫の部屋を覗く者はおらん。それに近衛団がこちら側に味方してくれるとも限らん。それでは姫を守れない」
「近衛団なんだろ、王族を守るのが仕事じゃないのか」
俺はまだ見ぬ近衛団に抗議の声を上げる。
「彼らは大王が私的に雇っていた傭兵に過ぎん。大王がいない今、彼らを縛るものはない。それに、すでに国境警備に出ていた伯爵がこちらに軍を進めている。警備の名目でな。行動が迅速すぎる。この事態を予期していたと見ていいだろう」
「大臣側かよ」
「伯爵が敵に回るようであれば、近衛団だけで対処するのは難しくなってくる」
詰んでいる。これは完全に詰んでいる。
キングは取られ、クイーンも動けない。
いや、と俺は思い出す。
こちらには、まだジョーカーがいるではないか。もっとも、今は行方知れずのジョーカーだが。
「ジエリはどうした? あんたに会いに行ったはずなんだ」
「あの変わった衣装の女か。今日は見かけていないが」
顧問官がジエリについて嘘をつく理由はない。
やはり、彼女の身に何かあったと考えるのが妥当か。
ジョーカー不在では、この窮地から抜け出す手段を思いつかない。
「何とか逃げ出す方法はないのか?」
「逃げてどうする。行き場所などありはしない。このままでは諸国連合は空中分解だ。そうなれば帝国を止める術はなくなる。私は顧問官として王の遺志を継がねばならないし、姫のそばにいると誓った身だ。それに、私たちにはまだ好機が残されている」
俺を見つめる顧問官の青い瞳は、確かに狩られるだけのウサギではなく、獰猛なオオカミのようだった。
「大臣の胸にナイフでもくれてやるのか」
それも一考だなと、顧問官はぞんざいに受け流す。
「査問は茶番だが、そこではお前が発言する機会もある。それが、私たちに残された最後のカードだ。まだ城の中枢の全てが大臣の手に落ちたわけではない。査問の場で、何としても大臣の策略を破らなくてはならない。失敗すれば、私たちは晒し台の上で、お互い失った体について干からびるまで語り合うことになるだろう」




