22話 相談屋の長い一日(三)
顧問官が出て行った後に残された静寂に耐えられそうもなかった。
いよいよ、俺も状況の深刻さを身に染みて覚え始めていたのだ。
「おーい、ジエリ。いい加減に出て来い」
俺の声は空しく響き、陰気で淀んだ空気に溶けて消えた。
もうジエリの存在は忘れよう。
こうなれば顧問官の言う通り、自分でどうにかしてやる。
審問の場で大臣を叩きのめす。徹底的に。
言うのは容易いが、その方法については手がかりさえもない。
相手はすでに外堀を埋め終え、今になってそれを知った俺は、何の知識も武器も持ち合わせていないのだ。
数ヶ月前、いや数時間前には想像もしなかった命の危機に、思わず笑いが込み上げてくる。
父を放蕩者と呼んだが、俺も存外に放蕩者だ。血は争えないものだ。
報酬に釣られて海どころか次元を越えて異世界まで来た俺の方が、アメリカンドリームに取りつかれた父よりも酷いかもしれない。
「悪いなジエリ、どうも世界を救うことはできそうもない」
自嘲気味な嘆きの声が思わず漏れる。
全ては自業自得。
ジエリには悪いことをした。嘘話でその気にさせて、こんな詰まらない結末で相談屋を終わらせてしまうとは。
などと涙を流して悲嘆にくれる程、俺は素直ではなかった。
往生際は滅法悪いのだ。
「見てろよ、この阿呆ジエリ」俺はここにいない相手に向かって吠え立てる。「俺が全部一人で解決してやる。この国もこの世界も、沢木だろうが村岡だろうが大王だろうが、悩みは俺一人で何もかも解決してやるからな。報酬は忘れるなよ」
ちょっと声を荒げただけで、ぜいぜいと息を切らす俺の目の前に、ヒラヒラと一枚の紙が優雅に宙を舞いながら降って来る。
俺はとっさに紙の端に噛み付いて受け止めた。そして、それを床に置いて確かめる。
純白の紙。
不純物のない上質な紙。
この世界の技術で、これだけ品質の良い紙が作れるとは思えなかった。
作れたとしても、そこは何ら重要ではない。
注目すべきは、そこに書かれている内容である。
『シュレーディンガーの猫が純白の皿と赤い果実を捧げ
穢れのない乙女は永遠の眠りへと導く
そして乙女は平穏を得るだろう
やがて太陽を引き連れて黒船が現れ
全てを業火から救うだろう』
これが全文だった。
……。
なんじゃこりゃ。
「なんじゃこりゃ」
詩だと言い張るには出来が悪すぎるし、どこかの預言者を真似た予言詩だとすれば余計に悪い。
それに、こんな意味不明の手紙は寄越すのに、自分は姿さえも見せない。
俺を馬鹿にしていると判断を下すのに十分な材料だ。
俺は紙を靴下の中に押し込みながら、この作者を空まで焼き尽くす業火で火あぶりの刑にしてやると心に決める。
熱いです、物凄く熱いですよ、とポニーテールを振り回しながら、火の中で踊る白タイツ姿のポンコツ女を想像する。
怒涛のような罪悪感に襲われ、すぐにテコピン一発の刑に変更した。




