9 追及
「こんなとこまでわざわざ来るだなんてご苦労なこった。
刑事さんだけじゃなく、探偵のお嬢さんまでくるとは。」
声色に皮肉をこめる男に、カメリアは「貴方にお聞きしたいことがございましたので。」と微笑んだ。
私とカメリア、スタンフォード警部補は、労働者たちが暮らす安アパートの一室を訪ねた。
部屋の主人である小柄な男は、不機嫌な態度で私たちを出迎えた。
「昨夜22時から今朝5時まで何をしていたかお聞かせ願います。」
スタンフォード警部補に問われた男は露骨に顔を顰めた。
「部屋で寝てたよ。
証明できるやつなんていねぇよ。」
男は気だるげに煙草の煙を吐いた。
「まるで逮捕でもしそうな勢いじゃねぇか。
昨日まで俺は善良な情報提供者だったはずだぜ。
それとも、やっぱり貧乏人は信用できないってか?」
彼はミュラー夫人の遺体を発見した煙突掃除夫、ビリーだ。
しかし私たちが彼に聞きに来たのはミュラー夫人の事件のことではない。
病院で起こった3人の医師の殺害についてだ。
ビリーは「悪いが俺は何も知らねぇよ。」と肩をすくめた。
「そのお医者様たちと会ったこともないね。
俺は病院に行ってお医者様に診てもらえるほど金持ちじゃないんでね。」
「でも、貴方はあの病院に行かれたことがございますでしょう。」
カメリアの指摘にビリーはぴくりと眉を吊り上げる。
スタンフォード警部補は手帳を開いた。
「貴方は以前、事件が起こった医師寮の煙突掃除を担当されたと病院の事務の方に確認が取れています。」
「そうだったかな。」
スタンフォード警部補に指摘されたビリーは決まり悪そうに頭をかいた。
カメリアは「あの事件にて、犯人は煙突から各部屋に侵入し犯行を行なっています。」と話し始める。
「ベルガー医師が目撃した犯人が真っ黒だったのは、煙突の煤で黒く汚れたためでしょう。
目を離した隙にいなくなったのは、暖炉から煙突内に移動したから。
煙突内で足で踏ん張る必要があるため、犯人は裸足で、足には煤がついた。
だから被害者たちの部屋には黒い裸足の足跡が残されていたのですわ。」
ビリーは「おいおいお嬢さん、あんたはものを知らねぇな。」と嘲笑う。
「あの病院が出来たのはほんの30年ちょっと前だぜ。
あんたが住んでるような代々伝わるご立派なお屋敷と違って、煙突は細く造られてる。
大人は普通通れないね。」
「貴方の言うとおり、近代の建物では煙突はより細くなっていますわ。
我が家のような100年以上前に建てられた屋敷とは違い、煙突は大人が入れるほど太くはありません。
けれども、あの医師寮の暖炉は薪を燃料にしています。
最新の石炭を使う暖炉の煙突と違い、子どもは通れる太さですわ。」
カメリアはビリーの身体を上から下まで見る。
「貴方の体格なら犯行現場の煙突を通れるはずですわ。」
カメリアの反論にビリーは舌打ちをした。
「悪かったな、ろくなもんを食べれなかったからちっとも成長しなかったんだよ。」
ビリーの背丈は子どものそれに近い。
痩せ気味で薄い身体も相まって、煙突内に入るのに向いている。
彼の親方は、「近頃は規制がうるさくて子どもを煙突に入れられないから、ビリーは頼りになるんだよ。」と言っていた。
ビリーならば煙突を使って侵入、逃走が可能なのだ。
けれどビリーは「待てよお嬢さん、無理があるだろ。」と反論する。
「煙突は中で繋がってるわけじゃねぇ。
それぞれの部屋に一本ずつだ。
煙突を下って部屋に侵入して、殺したら、今度は煙突を這い上がって屋根に上がる。
これを一晩のうちに三べんも繰り返したってのかい?」
「ええ。
昨夜10時から今朝5時までの7時間の間に、3度も狭い煙突を行き来し犯行を行うなど、素人にはとても出来そうにありませんわ。
けれども、貴方には不可能ではないはず。
貴方は煙突内の移動に慣れている上、以前担当した掃除で犯行現場の煙突の構造を熟知しているのですから。」
カメリアはさらに鋭く追及する。
「被害者の部屋に残っていた足跡は、子どもの足ほどの大きさで、指の間隔が開いていましたわ。
貴方の足は小さめですし、長年煙突を上り下りしてきたため指の間隔がつっぱるように開いている。
その上、ベルガー医師が目撃した子どものような背丈という犯人の特徴とも貴方は一致していますわ。」
ビリーはわざとらしくため息をついてみせた。
「だから俺が犯人だろうって?
だか、俺にはお医者様を3人も殺さなきゃならねぇ理由がないね。」
「いいえ、動機はございますわ。」
カメリアははっきりと断言した。
「貴方は2日前ミュラー夫人の遺体を発見したとき、あの地下室のリストを見つけたのでしょう。
そしてマイヤー、ブラウン、ダグラスの3人に、22年越しの復讐を果たすことを決心したのですわ。」




