8 黒い人影
「歳のせいか、遅くまで働いているせいか、このところ眠りが浅い。
神経が昂ってしまって、些細な物音でも起きてしまう。
昨晩もそうだったのだ。」
ベルガーは落ち着きのない様子で話す。
「夜中の2時だろうか。
上の方から、ずるずる、という音が聞こえて目が覚めてしまった。」
「その時は天井に蛇でもいるのかと思ったんだがね…。」とベルガーは言う。
それからしばらくして、ベルガーは隣室から何かが落ちるような音がするのを聞いた。
「その直後だ。
私はダグラスの叫び声を聞いた。」
異常事態に気づいたベルガーは、自室を飛び出しダグラスの部屋の扉を叩いた。
しかし何度呼んでもダグラスは返事をしない。
ドアノブを捻っても、鍵がかかっていて開けられない。
ベルガーは自室へ引き返し、ベランダから隣室の様子を伺うことを試みた。
「私はベランダから身を乗り出して、ダグラスの部屋を覗き込んだ。
そしたら、あいつがいた…!」
ベルガーの瞳孔が揺れる。
「背丈は子どものようだが、普通の子どもではない。
そいつは頭からつま先まで真っ黒だった。
瞳だけがらんらんと燃えていた。」
驚いたベルガーは後ろにのけぞった。
ベルガーが目を離したすきに、その黒い人影は消えてしまった。
「あれはまさしく悪魔に違いない…!
ダグラスだけじゃない、マイヤーもブラウンもあの悪魔にやられたんだ。
やはり彼らは呪われていた…!」
「"やはり"?」
カメリアが聞き返した。
「ベルガー様は何故、被害者たちが呪われていたと思いますの。」
ベルガーは「医学を突き詰めることは時として神に背くことになるのだ…。」と言う。
「彼らは、若手の頃から何度もどこからか遺体を用意して解剖を行っていたのだ。
同輩の中でも、彼らが経験した解剖の回数は抜きん出ている。」
「亡くなった同輩にこんなことは言いたくないのだが…。」とベルガーは躊躇いながらも続ける。
「私は彼らが、墓荒らしをしていたのではないかと疑っている。
そうでなければ、あれだけ頻繁に遺体を手に入れることはできまい。
故に彼らは呪われてしまったのだ…!」
カメリアはベルガーに、「お話ししてくださり、感謝いたしますわ。」と微笑む。
「ご安心ください。
貴方が見たものは、悪魔ではありませんわ。
この犯行を行ったのは、人間です。」
ベルガーは疑わしげに眉根を寄せる。
「しかしだね、3人の部屋は窓の鍵も、扉の鍵もきちんと施錠されていたのだよ。
いったい犯人はどうやって部屋に出入りしたというのかね。」
「ひとつだけ、鍵のかかっていない出入り口がございましてよ。」
カメリアの細い指が上を差す。
「煙突ですわ。
犯人は煙突を通って部屋の中の暖炉から出てきたのです。」




