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5 樽の中

お菓子の家の地下に隠されていたのは、大きな檻。

そして保管庫にずらりと並んだ樽の中身は、遺体だった。


スタンフォード警部補は私を庇うようにすっと腕を差し入れて遮った。

彼女は私に下がっているように視線で促すと、樽を覗き込んだ。


「遺体は成人男性のものですね。

骨になってる上、風化して脆くなっています。

ミュラー夫人の遺体と同じく、こちらも亡くなってから長い時間が経過しているようです。」


スタンフォード警部補はくまなく遺体を観察する。


「見たところ目立った外傷はありません。

詳しく調べないことには正確な死因は断定できませんが、キッチンに残っていた毒薬と関係しているかも知れません。」


地下室の樽に隠されていたこの遺体は、キッチンの戸棚にあった毒を盛られたのだろうか。


私は「この方はいったい誰なのでしょう。」と疑問を口にした。

じっと見ていたカメリアは、「ミュラー夫人には共に暮らす家族はなかったことを考えると、彼女が住まわせたという貧しい人々の1人という可能性が高いと思いますわ。」と答えた。


まさか、この遺体はあの地下牢に囚われた者の末路なのだろうか。


カメリアは樽に近づき、側面を指差す。


「納品先を示すラベルが貼ってありますわ。」


側面に貼られたラベルには、ダグラスと書かれていた。

先ほどスタンフォード警部補が見つけたリストにあった名前だ。

この樽はダグラスに納品されるものが入るはずだった物なのだ。


「犯人は殺人を隠蔽するため、遺体をお菓子の保管庫に隠したのですね。」


私の言葉に、カメリアは「それはどうでしょうか。」と首を傾げる。

カメリアは、「私はここがお菓子を保管している場所だったとは思えないのです。」と言う。


「この風の通らない土壁の地下室は、湿気を避ける必要がある焼き菓子の保管には適していませんわ。

それに、焼き菓子は密閉できるブリキの缶に入れられますが、ここにあるのは木製の樽です。

なにより、地下牢のすぐ近くで売り物のお菓子を保管するでしょうか。」


ミュラー夫人の菓子店で売られていたクッキーやビスケットは、この空気のこもる土壁の地下室で保管すべきものではないのだ。

では、ここは何を保管するための場所だったのだろうか。


地下室の闇にカメリアの声だけが響く。


「ここで保管していたのは菓子店の商品ではなく、ミュラー夫人が行っていたもうひとつのビジネスの商品ではありませんこと。」


菓子店の倍以上の収入を得ていた、ミュラー夫人のもうひとつのビジネス。

彼女いったい何を売っていたのだろうか。





地下室の調査を終えた私たちは、屋敷の居住部分と菓子店の店舗部分を調べた。

しかし、屋敷は長年無人だったことが確認できた以外、めぼしい発見はなかった。

スタンフォード警部補は、私とカメリアに今日はもう帰って休むようにと勧めた。


私とカメリアが屋敷を出ると、外で待っていたシュナイダー氏が「カメリア様、お疲れ様でございます。」とカメリアに駆け寄った。


「妻は具合が悪いようだったので、先に休ませています。

私はカメリア様にどうしても話しておきたいことがあったので、待っていたんです。」


シュナイダー氏は声を落として「妻のヨハンナのことなんですがね…。」と言う。


「ヨハンナは、以前このお菓子の家に来たことがあるんじゃないかと思うんです。

だけどヨハンナは、そのことを思い出せないんです。

なんせヨハンナは、幼い頃の記憶をすべて失ってしまったものですから。」


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