3 キッチン
重たい鉄の扉を持つ、煉瓦造りの大きなかまど。
22年前まで、ミュラー夫人はこのかまどでお菓子を焼いていた。
このかまどの中に、ミュラー夫人の白骨遺体があった。
「発見されたとき、かまどの扉は閉まっていましたのね。」
私が確認すると、スタンフォード警部補は頷く。
「先ほどカメリア様が言ったとおり、かまどの扉は内側から開閉することはできません。
ミュラー夫人は他殺されたと見ていいでしょう。」
壁に埋め込まれるように造られたかまどは、一度に沢山のお菓子を焼くための大きなものだ。
女性や小柄な男性ならばすっぽりと入ることができてしまうほどの大きさである。
当然かまどは中に人が入ることを想定して造られてはいない。
外側から扉を閉められれば、閉じ込められてしまう。
スタンフォード警部補は、さらに恐ろしいことを報告する。
「遺体の衣服は焼けこげており、窯の中には薪や灰が残っていました。」
「被害者は熱されたかまどの中に閉じ込められた、ということですわね。」
カメリアの言葉に私は血の気がひいた。
「一体誰がそんな恐ろしいことを…!」
カメリアはじっとかまどの扉を見つめた。
「これは抵抗するミュラー夫人が落としたものでしょうか。
それとも、犯人の手がかりかも知れませんわ。」
カメリアはかまどの扉の前にしゃがみ込んだ。
彼女がハンカチで包んで拾いあげたのは、小さなパール付きのカフスボタンだった。
カメリアは「ミュラー夫人の他にこの屋敷に出入りしていた人物は誰でしたの。」とスタンフォード警部補に尋ねた。
「夫のミュラー氏はこの屋敷が今の姿に改築されるよりも前に他界しています。
夫妻には子どもはいません。
近隣の方々は、ミュラー夫人は度々貧しい人々を屋敷に住まわせていたと話しています。」
「では、可能性があるのはミュラー夫人に助けられた人々でしょうか。
しかし、何故恩人であるミュラー夫人にそんな酷い仕打ちをしたのでしょう。」
街の人々から慕われる善良なミュラー夫人が何故こんな死を迎えたのか、私には理解できなかった。
しかしスタンフォード警部補は、「ミュラー夫人が完全な善人であったかどうかは一考の余地があります。」と言う。
「ミュラー夫人は菓子店の経営とは別の収入を得ていたことがわかったのです。」
スタンフォード警部補によれば、屋敷からは2つの帳簿が見つかった。
ひとつは菓子店の収支記録だが、もうひとつの帳簿にはその何十倍もの収入が記録されていたのだという。
「帳簿の日付は34年前、ミュラー夫人が行方不明になるより12年も前から始まっています。
筆跡が菓子店の帳簿と一致していることからも、帳簿をつけたのはミュラー夫人本人でしょう。」
カメリアの顔に疑いの表情が浮かんだ。
スタンフォード警部補は「帳簿の最初の日付から2年後、今から32年前に屋敷が修繕されました。」と捕捉した。
屋敷の修繕後、帳簿に書き込まれた日付けはさらに間隔が狭くなっていったという。
ミュラー夫人はより一層頻繁に金銭を得ていたのだ。
「ミュラー夫人が立派な屋敷を築きあげることができたのは、お菓子を売ったからではなく後ろ暗いお金を得ていたからかもしれませんわね。」
カメリアはそう言いながら、キッチンの戸棚に近づく。
「ここにも秘密がありましたわ。」
カメリアが指差したのは、戸棚に並んだ小瓶だった。
シナモンやカルダモンの小瓶が並ぶ棚のすぐ隣。
もう一つの戸棚に入っていた小瓶は、全てにまったく同じラベルがついていた。
カメリアは茶色の小瓶に貼られたラベルを読み上げる。
「アルセニック、つまりヒ素という毒薬ですわ。
鼠退治に使われるので比較的手に入りやすいですが、無味無臭で気づかれにくいうえに殺傷力も十分にあります。」
のたうち回るほどの内臓の痛みと引き換えに命を奪うその恐ろしい薬品の小瓶は、戸棚を埋め尽くしていたのだ。




