2 お菓子の家
私が馬車を停めた時、三角屋根の屋敷の前には既に人が集まっていた。
私は主人のために馬車の扉をあけた。
「カメリア様、到着いたしました。」
私がお仕えする令嬢、カメリアは「製菓店にしては大きな建物ですわね、ヒルダ。」と私に言った。
「菓子の製造、販売をする店舗と住居を兼ねていたそうです。
女主人は貧しい人々を屋敷に招いて世話していたと聞いていますよ。
近隣の人々は、この屋敷を"お菓子の家"と呼んだのだとか。」
カメリアは「この店はとても繁盛していらしたのですね。」と感心した。
カメリアが馬車を降りると、「カメリア様、お待ちしていましたよ。」と呼びかける声がした。
一組の男女がカメリアに駆け寄った。
「お越しくださってありがとうございます。
私がシュナイダーです。」
シュナイダー氏は骨太の手をカメリアに差し出し握手をした。
彼は「こっちが妻のヨハンナです。」と隣に立つ妻を紹介した。
「よろしくお願いします。」
旦那のがっしりとした腕に縋り付くようにして立っているヨハンナに、カメリアは「そんなに緊張なさらないで。」と微笑みかけた。
「私が悪女と呼ばれるのは、事件が起きたと聞けば駆けつける悪趣味さ故で、悪事を働いているからではありませんわ。」
公爵令嬢カメリア・フォン・シュテルンベルクは、殺人事件を好む悪女と言われている。
しかし彼女に仕える私に言わせれば、カメリアは探偵、それも数々の事件を解決した優秀な探偵である。
彼女は事件を面白がることなど決してない。
カメリアはただ冷静に真実を暴くのだ。
「妻が失礼いたしました。」
シュナイダー氏は頭を下げた。
「妻は朝からこんな調子で、ずっと怯えているんですわ。」
カメリアは「無理もありませんわ。」とヨハンナを気遣った。
「買い取ったばかりの屋敷で、あんなものが見つかったのですから。」
カメリアに依頼したシュナイダー夫妻は、お菓子の家の新しい持ち主だ。
先日屋敷を買い取った彼らは、別宅として使うため内装を整えるつもりだった。
しかしその計画は頓挫してしまった。
かまどの中から、白骨化死体が見つかったのだ。
カメリアは「ではさっそく調査に向かいましょうか。」とお菓子の家の門をくぐった。
屋敷の敷地内では、既に何人もの警察官たちが捜査を始めていた。
その中の1人の女性が、カメリアと私が来たことに気がついた。
「カメリア様、ヒルダさん。
どうぞこちらへ。」
建物の中へと招く彼女に、カメリアは「お久しぶりです、スタンフォード警部補。」と会釈した。
手練れの女性刑事、スタンフォード警部補はカメリアとも幾つかの事件を共にしている。
フロッグコートを着こなす彼女は厳格な態度で事件に向き合う頼もしい刑事である。
「遺体が見つかったのはキッチンに備え付けられたかまどの中です。
昨日の昼前、シュナイダー夫妻に雇われた煙突掃除夫がかまどの扉を開けたところ、遺体を発見したそうです。
遺体は既に骨の風化が進んでいて、死後長い時間が経過していることが伺えます。」
私たちはスタンフォード警部補のあとに続いてキッチンへと歩みを進める。
カメリアは「遺体の身元は検討がついているのでしょうか。」と訪ねた。
「白骨化した指には結婚指輪が残っていました。
調べたところ、内側に名前が彫られているのが確認できました。
その名前からするに、遺体はこの家の主人であったミュラー夫人のものでしょう。」
「かまどは外側からしか閉められません。
事故死とは考えにくいですわね。」
お菓子の家の主人、ミュラー夫人は、22年のときを経て暖炉の中で見つかったのだ。
それも骨の姿になって。
このお菓子の家で、いったい何があったのだろうか。




