1 煙突掃除夫
屋敷を見上げたビリーはひゅうと口笛を吹いた。
「こいつは噂通り立派な"お菓子の家"だぜ。」
ビリーは煙突掃除夫の仕事をそこそこ気に入っている。
ビリーの小さな身体は煙突掃除に向いているから重宝される。
それに、上流階級が金をかけて建てたお屋敷に真っ黒に汚れた服で上がり込んで、その屋敷の中で最も汚いところを覗ける。
どんなにきんぴかに飾り立てた屋敷でも、煙突の中はひどく汚れている。
ビリーは別に上流階級を妬んでいるわけではない。
お説教をする牧師の顔におできを見つけて笑う子供のような、極めて純粋な気持ちで面白がっているのだ。
小柄で痩せぎすのこの身体と同じで、ビリーは心も子供のままちっとも成長していない。
ビリーはこの仕事を初めて長いが、今日掃除する屋敷は目新しいものだった。
なにせ、お菓子でできた家なのだから。
チョコレートの屋根やクッキーの外壁を持つ家、という意味ではない。
お菓子を売った金で建てられた家、という意味だ。
屋敷を建てたのは、ミュラー夫人という菓子屋の女主人だ。
夫に先立たれた彼女は自ら菓子屋を切り盛りすることを余儀なくされた。
だが、ミュラー夫人が店主になってから、店は前よりもずっと繁盛したのだ。
豊かになったミュラー夫人は、貧しい人を家にまねいて食事を与えた。
その心の優しさから、ミュラー夫人は街で慕われていた。
そんなミュラー夫人が古い店を改築して建てたのが、この"お菓子の家"なのだ。
黄色の外壁がかわいらしい三角屋根の家は、貴族や資本家の家に比べれば随分と小さいが、商人の女が建てた家としては並ぶものがないほど立派だ。
ミュラー夫人はこの家でお菓子を焼き、貧しい人々を世話して暮らしていた。
けれども、ミュラー夫人はもうこの"お菓子の家"には住んでいない。
ミュラー夫人がどこに行ったのか、誰も知らない。
22年前からずっと、ミュラー夫人の店は閉まっている。
ミュラー夫人には子供もなく、連絡の取れるひとはいなかったのだ。
22年もの間空き家になっていたこの屋敷を、ある資本家が買い取りたいと言い出した。
シュナイダー氏は、ミュラー夫人の遠縁の親戚を探し出し、屋敷を買い取った。
シュナイダー氏はこの屋敷を気に入った妻のために、中をすっかり掃除をして住みやすくすることを決めた。
そういうわけで、ビリーが"お菓子の家"の煙突掃除をすることになったのだ。
ビリーは仕事に取り掛かろうと、梯子をつかって三角の屋根の上に登った。
ブラシを突っ込もうとして煙突を覗き込んだとき、ビリーは顔を顰めた。
「こりゃ酷い匂いだ。
中でネズミでも死んでるのか?」
屋根上での作業を終え、ビリーは屋敷の中へ移動した。
キッチンのかまどの扉を開けたとき、ビリーは腰を抜かした。
死んでいたのはネズミではなかった。
煙突の真下、大きなかまどの中にあったのは、白骨化した人間の遺体だった。




