第九話 はじめての変身レッスン
翌日の放課後、グランドフォール学園の西棟にある特別訓練室へ向かう途中、ノエリアは何度も制服のリボンを直していた。
西棟は通常授業で使う校舎とは少し雰囲気が違う。白い壁には金の装飾が施され、窓辺には季節ごとの花が並べられている。天井には星型の照明が吊られ、廊下の床には淡いピンクと水色のタイルで魔法陣のような模様が描かれていた。実戦用の訓練区画でありながら、どこか夢の中の宮殿のようでもある。
リミィジュ育成学園らしく、“強さ”だけでなく“輝き”も重視された空間だった。
「ねぇベル……本当に私、ここで訓練するの?」
胸元のリボンの陰から、白金色の小さな顔がぴょこっと出る。
『するよ! むしろ遅いくらい!』
「遅いって……」
『七歳の時点で才能は満点だったもん』
ノエリアは足を止めそうになる。
「それ初耳なんだけど!?」
『今言ったからね!』
まったく悪びれない。
その後ろからハイジがずかずか歩いてきた。
「おーい、置いてくぞ!」
赤いショートヘアを揺らしながら、今日も勢いがある。隣にはフィアがのんびり歩いていた。
「ノエリアちゃん、緊張してるぅ?」
「してるよ……」
「かわいいねぇ」
「なんで!?」
ハイジが鼻を鳴らす。
「私たちは見学許可もらってる。Dクラス代表の成長確認ってやつ」
「絶対面白がってるでしょ……」
「ばれたか」
グレタに呼ばれたのはノエリアだけだったが、ベルの登場が学園内で小さな話題になった結果、同じDクラスの仲間たちにも同行許可が出たらしい。ルークとマルクは自主練習へ行っているとのことだった。
訓練室の扉が開く。
中は想像以上に広かった。丸いドーム状の天井には星空のような光が散り、床一面には桜色の魔法陣が刻まれている。壁際には杖、剣、リボン型武装、弓など様々な模擬武器が整然と並び、そのどれも装飾が美しかった。
中央に立つグレタが腕を組む。
「遅い」
「す、すみません!」
反射的に謝るノエリアに、グレタは小さくため息をつく。
「まずその癖を直せ」
「はい、すみません……あ」
ハイジが吹き出す。
フィアはふわふわ笑っている。
グレタは説明を始めた。
「通常、リミィジュ候補生が妖精と接触した場合、最初に行うのは“同調確認”だ。妖精と心が噛み合っていなければ、力は暴走するか、発現しない」
ベルが胸を張る。
『ぼくは優秀だから問題なし!』
「黙ってろ」
『はい』
一秒でしゅんとなった。
グレタはノエリアへ視線を向ける。
「お前の問題は力の有無ではなく、自信の欠損だ」
ノエリアの肩がぴくりと動く。
「……そんな言い方あります?」
「事実だ」
容赦がない。
「自分を信じられない者は、力の出口を閉じる。お前の適正値ゼロは、その可能性が高い」
ハイジが腕を組む。
「なるほどな。本人のメンタルが足引っ張ってんのか」
「ざっくり言うとそうだ」
ノエリアは少しだけ落ち込む。
ベルが慌てて肩へ飛んできた。
『でも今は前よりずっといいよ! 昨日なんて七歳の頃みたいに走ってたし!』
「昨日は必死だっただけ……」
グレタが床の魔法陣を指す。
「立て。まずは初期変身を試す」
「へ、変身!?」
ノエリアの声が裏返る。
ハイジの目が輝く。
「きた!」
フィアも拍手する。
「かわいいやつかなぁ」
ノエリアは一気に恥ずかしくなった。
「ま、待って、心の準備が」
「戦場は待たん」
グレタの一言で終わった。
ノエリアは魔法陣の中央へ立つ。周囲の星明かりが少し強くなり、床の紋様が淡く光り始めた。
ベルが目の前へ飛ぶ。
『ノエリア、ぼくを見て』
言われるまま視線を合わせる。
さっきまで騒がしかったベルの瞳が、今は驚くほど真っ直ぐだった。
『大丈夫。できるよ』
ノエリアの胸が少しだけ落ち着く。
『言葉は覚えてる?』
「覚えてない……」
『そっか! じゃあ今つくろ!』
「えぇ!?」
ベルは元気よく腕を振る。
『可愛くて、前向きで、キラキラしたやつ!』
「急に難易度高い!」
ハイジが笑い転げる。
「適当すぎんだろ!」
グレタはこめかみを押さえた。
「……簡潔でいい。心が乗る言葉にしろ」
ノエリアは深呼吸する。
心が乗る言葉。
そんなもの、すぐには出てこない。
けれど今、ここで立ち止まりたくなかった。
ベルを見る。仲間を見る。自分を見る。
そして小さく口を開く。
「わ、私でも……」
光が揺れる。
「私でも、輝きたい」
ベルの顔がぱっと明るくなる。
『いい! 最高!』
「え、これでいいの!?」
『いくよ!』
ベルがノエリアの胸元へ飛び込み、白金色の光となって包み込む。
床の魔法陣が一気に咲くように広がった。桜色、水色、金色。リボンのような光が渦を巻き、星屑が舞い上がる。
ノエリアは思わず目を閉じる。
体が軽い。胸があたたかい。怖いのに、不思議と嬉しい。
光が弾けた。
「……わ」
ゆっくり目を開ける。
制服は変わっていた。淡いピンクを基調に、袖やスカート裾にはレースのような光模様。腰には小さなリボン飾りが揺れ、足元は白いブーツ。髪のハーフツインには星型のアクセサリーがついている。
夢みたいに可愛い。
ノエリア本人が一番驚いていた。
「えっ、えっ、なにこれ!?」
ハイジが叫ぶ。
「めちゃくちゃ似合ってんじゃん!」
フィアは目をきらきらさせる。
「かわいい〜〜」
ベルは胸を張る。
『ぼくのセンス!』
「ノエリアの資質だ」
グレタが訂正した。
ノエリアはその場でおろおろする。
「こ、こんな格好で戦うの!?」
「動いてみろ」
言われて一歩踏み出す。
軽い。
驚くほど体が軽かった。跳ねるとふわりと浮くようで、剣も自然に手へ現れる。昨日の木剣とは違う、桃色の大剣だった。大きいのに重くない。
「すご……」
思わず笑みがこぼれる。
その瞬間だった。
ドアが勢いよく開く。
職員が飛び込んでくる。
「グレタ先生! 東棟で小型闇獣発生、訓練帰りの生徒が取り残されています!」
空気が変わる。
グレタは即座に振り返った。
「Bクラスは?」
「現場対応中、手が足りません!」
ノエリアの笑顔が凍る。
変身したばかりの姿で、現実が押し寄せる。
グレタは一瞬だけ考え、ノエリアを見る。
「初陣だ」
「えええ!?」
ハイジが拳を握る。
「行くぞ!」
フィアもゆっくり頷いた。
「助けにいこうねぇ」
ベルが肩で跳ねる。
『大丈夫! 今のノエリアならいける!』
ノエリアは震える手で大剣を握る。
可愛い世界のままでは終わらない。
この学園で輝くということは、誰かを守るために前へ出ることだった。




