第四話 Dクラスの五人
訓練場の中央へ飛び出したハイジは、最初から嵐のようだった。
「よろしくお願いします、なんて言わねぇぞ!」
対戦相手のCクラス男子が名乗るより早く踏み込み、木剣を振り下ろす。豪快で速い。型は荒いが迷いがない。相手は慌てて受け止めたものの、そのまま押し込まれて後退した。
「うおっ!?」
「下がるな!」
さらに追撃。木剣同士が激しくぶつかり合う。
周囲から歓声が上がる。
ノエリアは呆然と見つめていた。
(すごい……)
さっきまで同じDクラスだと思っていた相手が、まるで別世界の人に見える。ハイジは笑いながら戦っていた。勝つことも、ぶつかることも、怖がっていない。
数合の打ち合いの末、相手の木剣が弾かれる。
グレタが手を上げた。
「そこまで。勝者、ハイジ」
「っしゃあ!」
拳を突き上げるハイジに、周囲から拍手とどよめきが起こる。
「Dクラスなのに強くないか?」
「適正値だけじゃ分からんな」
「いや、あれは荒いぞ」
色々な声が飛ぶ。
ハイジはそんなもの気にもせず、ノエリアたちの元へ戻ってきた。
「見たか!」
「す、すごかった……」
ノエリアが素直に言うと、ハイジは満足そうに鼻を鳴らした。
「だろ?」
フィアがのんびり拍手する。
「かっこよかったよぉ」
「当然!」
そのあとフィアも模擬戦へ呼ばれた。
相手は同じDクラスの男子生徒。小柄で気弱そうな少年だった。名前はルークと紹介されていた。
フィアは木剣を持って中央へ出ると、ぺこりと頭を下げる。
「よろしくねぇ」
「よ、よろしく……」
試合が始まる。
だが二人とも、なかなか踏み込まない。
見つめ合ったまま数秒が過ぎ、周囲から笑いが漏れた。
「遅い!」
ハイジが叫ぶ。
「のんびりしすぎだろ!」
フィアは少し困ったように笑い、そっと前へ出る。動きは遅く見える。だが無駄がない。ルークの木剣をひらりと避け、その手元へ軽く打ち込んだ。
コン、と小さな音。
ルークの木剣が落ちる。
「あっ……」
グレタが即座に告げる。
「勝者、フィア」
「えぇ!?」
ノエリアが思わず声を上げる。
フィアは戻ってきて首をかしげた。
「終わっちゃったぁ」
ハイジが呆れ顔になる。
「お前、地味にうまいな……」
「そうかなぁ」
ノエリアは二人を見比べる。
明るく前へ出るハイジ。ふわふわしているのに芯のあるフィア。
同じDクラスでも、こんなに違う。
そして、自分は――。
そのとき、最後の一人が呼ばれた。
「ルーク、前へ」
先ほどフィアに負けた少年が、びくびくしながら中央へ出る。対戦相手はCクラスの女子生徒だった。
試合開始と同時に、ルークは後ろへ下がった。
受けるばかりで、自分から打てない。数合もせず木剣を落とされ、肩を落として戻ってくる。
誰も笑わなかった。
ノエリアには、その姿が少しだけ自分に重なって見えた。
授業が終わり、Dクラスの五人は小さな教室へ集められた。
窓際に五つの机。壁には古い地図と訓練予定表。ほかのクラスと比べれば質素だが、不思議と落ち着く空間だった。
グレタが教壇に立つ。
「ここが一年Dクラスだ」
視線が五人を見渡す。
ノエリア、ハイジ、フィア、ルーク、そして背の高い無口な男子生徒――マルク。模擬戦では欠席扱いだったが、体調不良で見学していたらしい。
マルクは短く頭を下げるだけだった。
グレタが続ける。
「お前たちは現時点で最下位だ」
容赦のない言葉に、ルークが縮こまる。
「だが、最下位は終点ではない。ここから上がる者もいれば、腐る者もいる」
ノエリアは自然と背筋を伸ばした。
「この学園では、月ごとの査定戦でクラス昇格がある。努力と結果で位置は変わる」
ハイジの目が輝く。
「つまり、BやAにも行けるってことか!」
「理論上はな」
グレタは淡々としていた。
「ただし、生半可では届かん」
フィアが手を上げる。
「お昼ごはんのあと眠くなっても、大丈夫ですかぁ」
教室が静まり返る。
グレタは数秒黙り、深く息を吐いた。
「……工夫しろ」
ハイジが吹き出す。
ノエリアも思わず笑ってしまった。
グレタの目が少しだけ柔らかくなる。
「笑えるうちは大丈夫だ」
その言葉は、不思議と優しかった。
授業後、廊下を歩いていると、窓の外に青制服の集団が見えた。Bクラスの実技訓練らしい。中心にはジェイドとダニーがいる。
ダニーは大きく動き、何度も倒されながら立ち上がっていた。ジェイドは必要最小限の動きで相手を制していく。
「すげぇな……」
ハイジが腕を組む。
「Bクラスでもあれか」
フィアはのんびり窓に寄りかかった。
「ジェイドくん、強いねぇ」
ノエリアは黙って見つめる。
今朝、自分はそのジェイドに少しだけ反応できた。
それが、ほんの小さな自信になっていた。
そのとき、ダニーがこちらに気づき、大きく手を振る。
「おーい! Dクラスー!」
目立つ声だった。
周囲の生徒たちの視線が集まる。
ノエリアは慌てて隠れようとする。
ハイジは堂々と手を振り返した。
「うるせー!」
フィアもふわふわ手を振る。
「こんにちはぁ」
ジェイドは一瞬だけこちらを見て、すぐ訓練へ戻った。
だが、その短い視線に、ノエリアの胸がまた少し高鳴る。
昼休み。
Dクラスの五人は中庭の端で昼食を広げていた。
ハイジはパンを頬張り、フィアはゆっくりスープを冷ましている。ルークはまだ緊張しており、マルクは静かに食べている。
ノエリアはそんな光景を見ながら、少しだけ笑った。
昨日まで、自分は一人だと思っていた。
でも、違う。
ここには、同じ場所から始まる仲間がいる。
そのとき、学園中に鐘の音が響いた。
カン、カン、カン――。
ただの授業開始の鐘ではない。
鋭く、緊張を含んだ音だった。
周囲の上級生たちの顔色が変わる。
グレタが走ってくる。
「全員教室へ戻れ!」
ハイジが立ち上がる。
「なんだ?」
グレタの表情は険しかった。
「学園外周に闇反応。敵襲だ」
ノエリアの手から、スプーンが落ちた。




