第三十四話 七歳の約束
禁書塔の最深部は静まり返っていた。
巨大な記録水晶の中では、七歳のノエリアが笑っている。
今の彼女からは想像もできないほど眩しい笑顔だった。
「ベル!見て見て!」
『すごいすごい!』
「私、絶対みんなを助けるんだ!」
『うん!』
「絶対に!」
映像の中のノエリアは迷いがなかった。
自分にできると信じていた。
誰かを助けられると信じていた。
今のノエリアは言葉を失っていた。
目の前で笑う少女が本当に自分なのか分からない。
「……私?」
小さく呟く。
ゴードンが静かに頷いた。
「間違いない」
ベルも頷く。
「でも、そんな……」
ノエリアは混乱していた。
ずっと適正値ゼロだった。
何をやっても自信がなかった。
いつも失敗していた。
みんなに助けられてばかりだった。
そんな自分がグランドリミィジュ?
信じられるわけがない。
エイミーが映像を見つめている。
その瞳には驚きと納得が混ざっていた。
「だからだったんですね」
ゴードンは何も答えない。
だが否定もしなかった。
アンナが腕を組む。
「せやけど、なんで今まで隠してたん?」
ベルが俯く。
誰より先に答えたのはベルだった。
『ぼくだよ』
全員がベルを見る。
小さな妖精は震えていた。
『ぼくが隠してた』
ノエリアが目を見開く。
『あの日』
『ノエリアは力を失ったんじゃない』
『自分で閉じ込めたんだ』
静かな声だった。
禁書塔の空気が少し重くなる。
ベルはゆっくり話し始めた。
七年前。
ノエリアは友達を助けようとしていた。
崖から落ちそうになった友達。
まだ幼かったノエリアは必死だった。
グランドリミィジュの力も使おうとした。
でも間に合わなかった。
友達は助かった。
大人たちが間に入ったからだ。
けれどノエリアは違った。
自分が助けられなかったと思い込んだ。
『私じゃだめだった』
『私じゃ誰も守れない』
七歳の少女には十分すぎる傷だった。
『その時』
ベルの声が震える。
『力が閉じた』
ノエリアは胸が苦しくなる。
断片的な記憶が戻り始めていた。
泣いていたこと。
ベルへ八つ当たりしたこと。
「どうして助けられなかったの!」
そう叫んだ気がする。
『ぼくは待つことにした』
ベルが笑う。
泣きそうな顔で。
『また自分を信じられるようになるまで』
沈黙が落ちた。
ノエリアは何も言えなかった。
ベルもずっと一人で抱えていたのだ。
ゴードンが杖を軽く鳴らす。
すると別の映像が浮かび上がる。
今度は十五年前。
誰もが知る人物だった。
エスター。
まだ闇落ちする前のエスター。
金色の髪が風に揺れている。
笑顔だった。
エイミーが息を呑む。
「お姉ちゃん……」
エスターの隣にも妖精がいる。
ベルではない。
別の妖精だった。
だが同じ最高位の存在だと分かる。
映像の中のエスターは強かった。
優しかった。
誰かを助けるために走り回っている。
まるで今のノエリアを成長させたような姿だった。
「似てる」
思わずノエリアは呟く。
エイミーが振り向く。
ノエリアは慌てる。
「ご、ごめんなさい」
「ううん」
エイミーは首を振った。
「私もそう思う」
そして少し寂しそうに笑った。
「だから余計に怖いの」
ノエリアは黙る。
エイミーは映像を見つめたまま続ける。
「お姉ちゃんも、誰かを助けたくて頑張ってた」
「でも誰より頑張った人が壊れてしまった」
その言葉は重かった。
誰も返せない。
ゴードンが静かに言う。
「だからこそじゃ」
全員が顔を上げる。
「同じ結末にはさせん」
ゴードンの視線がノエリアへ向く。
「お主にも」
そしてエイミーへ。
「エスターにも」
禁書塔の空気が変わる。
その時だった。
突然、水晶が大きく揺れた。
全員が振り向く。
ゴードンの表情が変わる。
「何じゃと」
映像が乱れる。
ノイズが走る。
古い記録が崩れ始める。
ベルが青ざめる。
『嘘』
「ベル?」
『誰かが触ってる』
禁書塔の記録へ外部から干渉している。
そんなこと本来ありえない。
水晶の中に新しい映像が映し出される。
そこにいたのは。
黒い椅子に座る男。
闇学園の学園長だった。
誰も見たことがないはずなのに、本能で分かった。
優しそうな笑顔。
なのに寒気がする。
男はまるでこちらを見ていた。
記録越しではない。
本当に。
「やっと見つけた」
穏やかな声。
ノエリアの背筋が凍る。
男は笑う。
「君を待っていたよ」
ゴードンが杖を構える。
アンナもウィリアムも戦闘態勢に入る。
だが男は気にしない。
その視線はノエリアだけを見ている。
「七年も」
「長かった」
ベルが震えている。
ノエリアの手を握る。
男は続けた。
「本当のグランドリミィジュ」
禁書塔の空気が張り詰める。
「君さえいれば世界は完成する」
その瞬間。
禁書塔全体を揺らすほどの衝撃が響いた。
轟音。
壁が震える。
本棚が揺れる。
全員が顔を上げた。
ゴードンの表情が険しくなる。
「まさか」
次の瞬間、伝令妖精が飛び込んできた。
「学園長!!」
悲鳴のような声だった。
「大変です!!」
「闇学園の大部隊が出現しました!!」
「数は二百以上!!」
禁書塔の空気が凍りつく。
伝令妖精は震えながら続けた。
「敵の先頭にいるのは――」
その言葉を聞いた瞬間。
エイミーの顔色が変わった。
「エスターです!!」
静寂。
誰も動けなかった。
そしてノエリアだけが気づいた。
記録水晶の中の闇学園長が。
楽しそうに笑っていたことに。




