第三十二話 闇学園の学園長
中央広場は静まり返っていた。
誰もがゴードン学園長の言葉を理解しようとしている。
隣国のリミィジュ学園が襲撃された。
それだけでも十分衝撃だった。
だが、本当に重かったのはその後の言葉だ。
――敵の学園長が動き始めた。
闇学園の学園長。
これまで名前だけは噂されていた。
闇落ちした生徒たちを集めた存在。
怪物を生み出し、各地で混乱を起こしている黒幕。
だが実際に姿を見た者は少ない。
ノエリアも知らなかった。
それなのに。
ゴードンの表情を見るだけで、その存在がどれほど危険か分かる気がした。
◇
「本日より警戒態勢を強化する」
ゴードンが続ける。
「不要な単独行動は禁止」
「教師の許可なく学園外へ出ることも禁止じゃ」
生徒たちがざわつく。
かなり厳しい措置だった。
◇
生徒会長のエイミーが前へ出る。
「不安になる必要はありません」
落ち着いた声。
それだけで広場の空気が少し変わる。
「学園は皆さんを守ります」
「私たち生徒会も全力を尽くします」
真っ直ぐな言葉だった。
◇
ノエリアは少しだけ見惚れていた。
やっぱりすごい。
立っているだけで周囲を安心させる。
自分にはまだできないことだ。
◇
解散後。
生徒たちはそれぞれ教室や寮へ戻っていく。
いつもより会話は少ない。
不安が消えたわけではないのだ。
◇
ノエリアたちは中庭へ集まっていた。
ハイジが腕を組む。
「闇学園の学園長か」
ダニーも真面目な顔だった。
「今までの敵と違うんだろうな」
ジェイドが頷く。
「間違いなく」
◇
フィアは少し心配そうだった。
「エスターちゃんたちも大丈夫かなぁ」
その言葉で空気が変わる。
◇
敵。
なのに。
最近は単純にそう思えなくなっていた。
特にエスター。
彼女は何かを守ろうとしているようにも見える。
◇
ノエリアがぽつりと呟く。
「エスターさん」
自然に"さん"付けになった。
ハイジが苦笑する。
「敵だぞ」
「分かってる」
でも。
完全に憎めない。
◇
ベルも複雑そうだった。
『昔のエスターは本当に優しかった』
何度も聞いた話。
でも。
ベルがそう言うたびに胸が痛くなる。
◇
その日の夜。
学園長室。
ゴードンの前には生徒会メンバーが集まっていた。
エイミー。
アンナ。
ウィリアム。
そしてもう一人。
トレバー。
ゴールドバッジ二つを持つ生徒会書記だった。
短い銀髪の少年で、普段はあまり前へ出ない。
だが実力は本物だ。
◇
机の上には複数の報告書。
被害状況。
敵の目撃情報。
闇学園に関する調査資料。
◇
ウィリアムが眼鏡を押し上げる。
「隣国学園の被害は想像以上です」
資料には焼け落ちた校舎の写真。
崩壊した結界。
負傷した生徒たち。
◇
アンナの表情も珍しく硬い。
「ここまでやるんか……」
◇
ゴードンが静かに頷く。
「敵は急いでおる」
エイミーが顔を上げた。
「急いでいる?」
◇
ゴードンは窓の外を見る。
夜空。
静かな学園。
「何かを探しておる」
その言葉に。
エイミーの脳裏へ浮かぶ人物がいた。
◇
ノエリア。
◇
ゴードンも同じことを考えていた。
だが口にはしない。
まだ確信がない。
◇
ただ一つだけ分かることがある。
闇学園が動き始めた時期。
エスターがノエリアへ興味を持ち始めた時期。
ベルが現れた時期。
全てが重なっている。
◇
十五年間止まっていた運命。
それが再び動いている。
◇
「学園長」
エイミーが呼ぶ。
「何じゃ」
「もし」
少しだけ迷う。
「もし、お姉ちゃんが本当に利用されているだけなら」
ゴードンは静かに聞いていた。
◇
エイミーは拳を握る。
「私は助けたい」
真っ直ぐな言葉だった。
◇
アンナが微笑む。
「当たり前や」
ウィリアムも頷く。
「我々も同じです」
◇
ゴードンは少しだけ笑った。
「そうじゃな」
◇
一方その頃。
闇学園。
◇
そこはグランドフォール学園とは真逆だった。
黒い塔。
黒い花。
曇った空。
冷たい風。
◇
巨大な校舎の最上階。
学園長室。
◇
一人の男が椅子へ座っていた。
年齢は四十代ほど。
長い黒髪。
穏やかな笑顔。
一見すると優しそうな教師にしか見えない。
◇
だが。
その瞳だけは違った。
底知れない闇。
◇
机の上には複数の写真が並んでいる。
カリン。
キース。
オリオン。
そして。
エスター。
◇
男は最後の写真を手に取る。
ノエリアの写真だった。
◇
「見つけたよ」
優しい声。
なのに寒気がする。
◇
「やっと」
男は微笑む。
◇
「グランドリミィジュ」
◇
その言葉と同時に。
部屋の空気が震えた。
◇
離れた場所。
黒薔薇の庭園。
エスターが顔を上げる。
何かを感じたのだ。
◇
「……始まる」
小さな呟き。
◇
そして。
その瞳には。
初めて明確な焦りが浮かんでいた。
なぜなら彼女は知っている。
闇学園の学園長が本気で動く時。
世界そのものが壊れ始めることを。




