第二十九話 はじめて守れたもの
夜の戦場に光が走る。
ノエリアの大剣が闇狼を弾き飛ばし、そのまま地面へ転がした。
以前の彼女なら考えられない動きだった。
だが本人はそんな余裕はない。
「まだいる!」
『右!』
ベルが叫ぶ。
反射的に振り向く。
もう一体。
黒い狼型魔物が飛びかかってきていた。
「っ!」
間に合わない。
そう思った瞬間。
青い閃光。
ダニーの剣が狼を横から吹き飛ばした。
「前だけ見ろ!」
「ご、ごめん!」
「謝ってる場合か!」
ダニーは笑っていた。
自分も必死のはずなのに。
◇
戦場は広がり続けていた。
結界を突破した魔物たちは複数方向へ散開している。
学園側は班ごとに迎撃。
ノエリアたちも担当区域を守っていた。
ハイジが先頭。
ジェイドが全体指揮。
ダニーが機動支援。
フィアが防御と治療。
そしてノエリア。
前衛補助。
◇
最初は足を引っ張ると思っていた。
だが違う。
ちゃんと戦えている。
ちゃんと役に立っている。
それが少しだけ嬉しかった。
◇
「左から三体!」
ジェイドが叫ぶ。
「任せろ!」
ハイジが飛び出す。
相変わらず一直線。
魔物へ突っ込む。
だが。
「ハイジ!」
ノエリアが叫ぶ。
後方。
もう一体いた。
死角。
完全に見落としている。
◇
以前なら。
声を出せなかった。
間に合わなかった。
でも今は違う。
ノエリアは地面を蹴る。
走る。
全力で。
◇
間に入る。
大剣を振る。
衝撃。
闇狼が吹き飛ぶ。
◇
ハイジが目を見開く。
「お前」
「危なかった!」
「助けられたのか俺」
本人が一番驚いていた。
◇
ノエリアも驚いていた。
自然に体が動いた。
守りたかった。
ただそれだけだった。
◇
フィアが嬉しそうに笑う。
「すごいねぇ」
ダニーも頷く。
「今のよかった」
ジェイドは短く言う。
「判断が早かった」
褒められる。
少し照れる。
でも。
嬉しい。
◇
戦闘開始から三十分。
少しずつ戦況が変わり始めていた。
Aクラスが前線を押し返している。
教師陣も合流。
学園側が優勢になりつつあった。
◇
「このまま終わるか?」
ダニーが言う。
ジェイドは首を振った。
「違和感がある」
「え?」
◇
確かに敵は多い。
だが。
弱すぎる。
エスター。
カリン。
敵組織。
それだけの戦力がいて、これだけ?
ジェイドの表情は険しい。
「囮かもしれない」
その言葉に全員が黙る。
◇
そのとき。
空気が変わった。
突然だった。
◇
戦場全体を覆うような重圧。
呼吸が苦しくなる。
足が止まる。
遠くで戦っていた生徒たちも一斉に動きを止めた。
◇
ベルが震える。
『来た』
ノエリアの背筋が凍る。
知っている。
この感覚。
妖精の森。
あの時。
◇
エスター。
◇
北方結界の向こう。
闇が割れる。
そこから一人の少女が現れた。
長い黒髪。
黒い制服。
赤い瞳。
◇
戦場全体が静まり返る。
誰もが息を呑む。
◇
エスターだった。
◇
前線。
エイミーの表情が変わる。
今まで冷静だった彼女が。
初めて動揺を見せる。
「お姉ちゃん……」
小さな声。
誰にも聞こえないくらい小さな声。
◇
アンナが横へ並ぶ。
「会長」
エイミーは拳を握った。
「わかってる」
生徒会長の顔へ戻る。
でも。
瞳だけは揺れていた。
◇
一方。
エスターは静かに戦場を見渡す。
その視線は敵も味方も区別しない。
ただ。
何かを探しているようだった。
◇
そして。
止まる。
◇
ノエリア。
◇
赤い瞳とピンクの瞳が交差する。
遠く離れている。
なのに。
なぜか目が逸らせない。
◇
ベルが震える。
『エスター……』
エスターの視線がベルへ向く。
ほんの一瞬。
優しい表情になる。
だがすぐ消えた。
◇
そして。
エスターが右手を上げる。
◇
戦場全体がざわつく。
教師たちが警戒する。
生徒会も構える。
◇
しかし。
攻撃は来なかった。
◇
代わりに。
エスターは静かに言った。
「撤退」
◇
敵軍全体が動く。
闇魔物たちが後退を始めた。
カリンが不満そうに頬を膨らませる。
「もう?」
「十分」
エスターの声は冷静だった。
◇
誰も理解できない。
なぜ?
勝負はこれからだった。
◇
だが。
敵は本当に撤退を始める。
次々と闇へ消えていく。
◇
そして最後。
エスターだけが残る。
◇
彼女はもう一度ノエリアを見る。
今度ははっきりと。
◇
悲しそうな目だった。
◇
「まだ……」
小さな声。
誰にも聞こえないほど小さく。
◇
「まだ間に合う」
◇
何のことか分からない。
聞き返す前に。
エスターの姿は闇へ溶けるように消えた。
◇
静寂。
戦場に残されたのは困惑だけだった。
◇
敵は去った。
防衛戦は学園側の勝利。
被害も最小限。
本来なら喜ぶべき結果だった。
◇
それなのに。
誰一人笑っていなかった。
◇
ゴードン学園長だけが遠くを見ていた。
そして静かに呟く。
「やはりか」
隣にいた教師が聞き返す。
「学園長?」
◇
ゴードンは答えない。
ただ。
ノエリアを見つめていた。
◇
十五年前。
失われたはずの運命。
それが今。
再び動き始めていることを。
彼だけは確信していた。




