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『適正値ゼロのリミィジュ』(完全版)  作者: 柑橘みかん


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第二十九話 はじめて守れたもの

夜の戦場に光が走る。


ノエリアの大剣が闇狼を弾き飛ばし、そのまま地面へ転がした。


以前の彼女なら考えられない動きだった。


だが本人はそんな余裕はない。


「まだいる!」


『右!』


ベルが叫ぶ。


反射的に振り向く。


もう一体。


黒い狼型魔物が飛びかかってきていた。


「っ!」


間に合わない。


そう思った瞬間。


青い閃光。


ダニーの剣が狼を横から吹き飛ばした。


「前だけ見ろ!」


「ご、ごめん!」


「謝ってる場合か!」


ダニーは笑っていた。


自分も必死のはずなのに。



戦場は広がり続けていた。


結界を突破した魔物たちは複数方向へ散開している。


学園側は班ごとに迎撃。


ノエリアたちも担当区域を守っていた。


ハイジが先頭。


ジェイドが全体指揮。


ダニーが機動支援。


フィアが防御と治療。


そしてノエリア。


前衛補助。



最初は足を引っ張ると思っていた。


だが違う。


ちゃんと戦えている。


ちゃんと役に立っている。


それが少しだけ嬉しかった。



「左から三体!」


ジェイドが叫ぶ。


「任せろ!」


ハイジが飛び出す。


相変わらず一直線。


魔物へ突っ込む。


だが。


「ハイジ!」


ノエリアが叫ぶ。


後方。


もう一体いた。


死角。


完全に見落としている。



以前なら。


声を出せなかった。


間に合わなかった。


でも今は違う。


ノエリアは地面を蹴る。


走る。


全力で。



間に入る。


大剣を振る。


衝撃。


闇狼が吹き飛ぶ。



ハイジが目を見開く。


「お前」


「危なかった!」


「助けられたのか俺」


本人が一番驚いていた。



ノエリアも驚いていた。


自然に体が動いた。


守りたかった。


ただそれだけだった。



フィアが嬉しそうに笑う。


「すごいねぇ」


ダニーも頷く。


「今のよかった」


ジェイドは短く言う。


「判断が早かった」


褒められる。


少し照れる。


でも。


嬉しい。



戦闘開始から三十分。


少しずつ戦況が変わり始めていた。


Aクラスが前線を押し返している。


教師陣も合流。


学園側が優勢になりつつあった。



「このまま終わるか?」


ダニーが言う。


ジェイドは首を振った。


「違和感がある」


「え?」



確かに敵は多い。


だが。


弱すぎる。


エスター。


カリン。


敵組織。


それだけの戦力がいて、これだけ?


ジェイドの表情は険しい。


「囮かもしれない」


その言葉に全員が黙る。



そのとき。


空気が変わった。


突然だった。



戦場全体を覆うような重圧。


呼吸が苦しくなる。


足が止まる。


遠くで戦っていた生徒たちも一斉に動きを止めた。



ベルが震える。


『来た』


ノエリアの背筋が凍る。


知っている。


この感覚。


妖精の森。


あの時。



エスター。



北方結界の向こう。


闇が割れる。


そこから一人の少女が現れた。


長い黒髪。


黒い制服。


赤い瞳。



戦場全体が静まり返る。


誰もが息を呑む。



エスターだった。



前線。


エイミーの表情が変わる。


今まで冷静だった彼女が。


初めて動揺を見せる。


「お姉ちゃん……」


小さな声。


誰にも聞こえないくらい小さな声。



アンナが横へ並ぶ。


「会長」


エイミーは拳を握った。


「わかってる」


生徒会長の顔へ戻る。


でも。


瞳だけは揺れていた。



一方。


エスターは静かに戦場を見渡す。


その視線は敵も味方も区別しない。


ただ。


何かを探しているようだった。



そして。


止まる。



ノエリア。



赤い瞳とピンクの瞳が交差する。


遠く離れている。


なのに。


なぜか目が逸らせない。



ベルが震える。


『エスター……』


エスターの視線がベルへ向く。


ほんの一瞬。


優しい表情になる。


だがすぐ消えた。



そして。


エスターが右手を上げる。



戦場全体がざわつく。


教師たちが警戒する。


生徒会も構える。



しかし。


攻撃は来なかった。



代わりに。


エスターは静かに言った。


「撤退」



敵軍全体が動く。


闇魔物たちが後退を始めた。


カリンが不満そうに頬を膨らませる。


「もう?」


「十分」


エスターの声は冷静だった。



誰も理解できない。


なぜ?


勝負はこれからだった。



だが。


敵は本当に撤退を始める。


次々と闇へ消えていく。



そして最後。


エスターだけが残る。



彼女はもう一度ノエリアを見る。


今度ははっきりと。



悲しそうな目だった。



「まだ……」


小さな声。


誰にも聞こえないほど小さく。



「まだ間に合う」



何のことか分からない。


聞き返す前に。


エスターの姿は闇へ溶けるように消えた。



静寂。


戦場に残されたのは困惑だけだった。



敵は去った。


防衛戦は学園側の勝利。


被害も最小限。


本来なら喜ぶべき結果だった。



それなのに。


誰一人笑っていなかった。



ゴードン学園長だけが遠くを見ていた。


そして静かに呟く。


「やはりか」


隣にいた教師が聞き返す。


「学園長?」



ゴードンは答えない。


ただ。


ノエリアを見つめていた。



十五年前。


失われたはずの運命。


それが今。


再び動き始めていることを。


彼だけは確信していた。

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