第二十七話 はじめてのバッジ
歓声はしばらく止まらなかった。
中央演習場全体が揺れているようだった。
「うおおおおお!!」
「合格した!!」
「本当に!?」
「ゼロから!?」
観覧席の生徒たちが立ち上がる。
特にDクラスは大騒ぎだった。
ハイジは柵を乗り越えそうになってグレタに止められている。
ダニーは両手を上げて飛び跳ねていた。
フィアは普通に泣いていた。
「よかったよぉぉぉ……」
ルークまで目を潤ませている。
◇
一方。
当の本人は。
「え?」
まだ固まっていた。
エイミーが少し困ったように笑う。
「聞こえなかった?」
「いや」
聞こえた。
聞こえたのだ。
だからこそ信じられない。
「合格……?」
「ええ」
「私が?」
「そうよ」
◇
その瞬間。
ベルが突撃した。
『やったぁぁぁぁ!!』
ノエリアへ抱きつく。
勢い余って二人とも転がる。
「わぁ!?」
『やったやったやった!!』
「ベル苦しい!」
『合格だよ!!』
◇
観覧席。
アンナが笑う。
「可愛いやん」
ウィリアムも珍しく口元を緩めていた。
「予想以上でしたね」
エイミーは二人の声を聞きながらノエリアを見る。
あの踏み込み。
技術的にはまだ未熟。
力も足りない。
それでも。
心が折れなかった。
それが何より大きかった。
◇
試験終了後。
昇格候補者たちは表彰台前へ集められた。
全校生徒が見守る中。
グレタが結果を読み上げる。
「ルーク、合格」
拍手。
ルークが泣く。
「フィア、合格」
さらに拍手。
フィアはにこにこしている。
「ハイジ、合格」
歓声。
本人はドヤ顔。
そして。
「ノエリア」
静寂。
◇
グレタは少しだけ笑った。
「合格」
大歓声。
さっき以上だった。
ノエリアは思わず耳を押さえる。
「うるさい!」
『人気者』
「違う!」
◇
そして。
ここからが本番だった。
昇格者への授与式。
学園では昇格すると新しいバッジが与えられる。
適正値と努力の証。
誰もが憧れるもの。
◇
エイミーが前へ出る。
職員から小箱を受け取る。
中には四つのバッジ。
ブロンドバッジ。
銀色の小さな宝石が埋め込まれている。
まだ最初の一歩。
それでも特別な証。
◇
最初にルーク。
次にフィア。
そしてハイジ。
順番に胸元へ付けられていく。
皆少し誇らしそうだった。
◇
最後。
「ノエリア」
名前が呼ばれる。
心臓が跳ねる。
前へ出る。
たくさんの視線。
でも。
不思議と前ほど怖くなかった。
◇
エイミーが小箱を開く。
中にはブロンドバッジ。
ノエリアは思わず見つめる。
ずっと遠かった。
届かないと思っていた。
皆が持っているもの。
自分にはないもの。
◇
エイミーが言う。
「胸を張りなさい」
ノエリアが顔を上げる。
「え?」
「あなたが勝ち取ったものよ」
優しい声だった。
◇
ゆっくり。
エイミーがバッジを付ける。
制服へ。
胸元へ。
かちり。
小さな音。
それだけなのに。
涙が出そうになる。
◇
「おめでとう」
エイミーが微笑む。
ノエリアは震える声で答えた。
「……ありがとうございます」
◇
拍手が響く。
ベルはすでに号泣していた。
『うわぁぁぁぁん!!』
「ベルが一番泣いてる!」
◇
授与式終了後。
ノエリアはしばらく自分のバッジを見つめていた。
小さい。
でも重い。
今までの全部が詰まっている気がした。
◇
そこへ。
ハイジが現れる。
「見せろ」
「え?」
勝手に覗き込む。
「いいじゃん」
「雑!」
ダニーも来る。
「おー!」
フィアも。
「かわいいねぇ」
ジェイドも。
少しだけ微笑んだ。
「似合ってる」
◇
ノエリアは少し照れる。
でも。
嬉しかった。
みんなが喜んでくれている。
それが何より嬉しい。
◇
その日の夕方。
昇格者たちは正式にクラス変更の手続きを受けることになった。
今回。
DクラスからCクラスへ上がる生徒が複数名出た。
ノエリア。
ハイジ。
フィア。
ルーク。
グレタのクラスから、一気に四人も昇格したのだ。
異例だった。
◇
教室。
グレタが結果を見ながら言う。
「誇りに思う」
全員が静かになる。
グレタは滅多に感情を表に出さない。
だからこそ重い。
「よく頑張った」
その一言で。
ルークがまた泣き始めた。
◇
ノエリアも胸が熱くなる。
入学した日。
自分は最底辺だった。
誰より弱かった。
何もなかった。
でも。
今は違う。
少しだけ前へ進めた。
◇
そしてその夜。
女子寮。
ノエリアは鏡の前に立っていた。
胸元のバッジを見る。
何度も。
何度も。
本物か確認するみたいに。
◇
ベルが笑う。
『嬉しい?』
「うん」
素直に答えられた。
『えへへ』
ベルも嬉しそうだった。
◇
しかし。
その穏やかな時間は長く続かなかった。
窓の外。
学園の北側。
遠くの夜空が。
一瞬だけ黒く染まる。
◇
ベルの笑顔が消えた。
『……来る』
ノエリアが振り返る。
「え?」
ベルは北の空を見ていた。
その顔は。
妖精の森でエスターと会った時と同じだった。
『始まる』
小さな声。
◇
同じ頃。
生徒会室。
エイミーも窓の外を見ていた。
アンナが表情を変える。
ウィリアムが立ち上がる。
そして。
学園全体へ緊急鐘が鳴り響いた。
ゴォォォォン――――
ゴォォォォン――――
夜の学園を震わせる警報。
◇
ゴードン学園長は静かに立ち上がる。
「ついに来たか」
その視線の先。
北方結界。
そこへ。
大量の闇の魔物反応が出現していた。
そして最前列には。
見覚えのある紫髪の少女。
カリンがいた。
彼女は学園を見上げて。
楽しそうに微笑んでいた。
「こんばんは」
その後ろには無数の闇魔物。
そしてさらに奥には。
まだ姿を見せない"誰か"の気配があった。
ノエリアたちの初めての本格的な防衛戦が。
今まさに始まろうとしていた。




