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『適正値ゼロのリミィジュ』(完全版)  作者: 柑橘みかん


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第二十五話 昇格試験前夜

昇格試験まで、あと一日。


グランドフォール学園の空気は、いつもより少しだけ張り詰めていた。


普段は華やかな中央広場も、今日は自主練習をする生徒で溢れている。訓練場からは剣の音が響き、空には移動妖精たちが忙しそうに飛び回っていた。


誰もが頑張っている。


誰もが前へ進もうとしている。


その中で。


「無理かもしれない……」


ノエリアは机へ突っ伏していた。


『始まった』


ベルが即座に言う。


「だって!」


『昨日まで元気だった』


「今日になったら怖くなったの!」


ベルは慣れた様子で肩をすくめた。


最近のノエリアはこれを繰り返している。


少し自信を持つ。


不安になる。


また立ち上がる。


以前より確実に成長しているのに、本人だけが気づいていない。



昼休み。


中庭。


いつものメンバーが集まっていた。


ハイジは木剣を振っている。


ダニーはそれを避けている。


「やめろ!」


「避けれるじゃん」


「そういう問題じゃねぇ!」


フィアはベンチでサンドイッチを食べている。


平和だった。


ノエリアだけを除いて。


「顔が終わってるぞ」


ハイジが言う。


「明日だもん……」


「だから?」


理解できないという顔だった。


ハイジは本当にこういうタイプである。


試験だろうが実戦だろうが、まず突っ込む。


悩むのは後。


「お前はいいよね」


「いいぞ」


即答。


少し羨ましい。



そこへダニーがやって来る。


「ノエリア」


「うん」


「目閉じろ」


「え?」


意味が分からない。


「いいから」


言われるまま目を閉じる。


次の瞬間。


ぽすっ。


頭に何か乗った。


目を開く。


星型のお守りだった。


淡い青色。


小さな剣の飾り付き。


「これ」


「去年もらった」


ダニーが笑う。


「運いいぞ」


「え?」


「俺、去年それ持って試験受かった」


ノエリアは目を丸くする。


「大事なやつじゃん」


「だから貸す」


あまりにも自然に言う。


ノエリアは言葉に詰まった。



フィアが笑う。


「ダニーくん優しいねぇ」


「普通だろ」


「照れてるぅ」


「照れてねぇ!」


完全に照れていた。


ハイジが笑う。


「顔真っ赤」


「うるさい!」


いつものやり取り。


でも。


ノエリアは少し胸が温かかった。



そのとき。


ジェイドが現れる。


手には紙袋。


「ノエリア」


「え?」


渡される。


中を見る。


焼き菓子だった。


「試験前は糖分取れ」


「お母さん?」


思わず言った。


ジェイドが少しだけ固まる。


周囲が吹き出した。


ダニーは大笑い。


ハイジは腹を抱えている。


フィアは涙が出るほど笑っていた。


「ジェイドくんお母さんだったんだぁ」


「違う」


珍しく少し不機嫌そうだった。



その日の放課後。


特別訓練。


最後の調整。


試験内容は公開されていない。


ただ一つ分かっていることがある。


試験官はエイミー。


つまり。


手を抜くことはない。



訓練場。


ノエリアは一人で剣を振っていた。


夕陽が差し込む。


何度も。


何度も。


繰り返す。


すると。


背後から声がした。


「まだやっているのね」


振り向く。


エイミーだった。



赤制服。


夕焼けに染まる金髪。


やっぱり綺麗だ。


ノエリアは慌てて頭を下げる。


「こんばんは」


「こんばんは」


少し前なら緊張で固まっていた。


今は少しだけ話せる。


少しだけ。


本当に少しだけ。



エイミーは訓練場へ入ってくる。


「緊張している?」


「してます」


即答。


エイミーは笑った。


「正直ね」


「隠せないので」


それも成長だった。


以前なら平気なふりをしていた。



しばらく沈黙。


風が吹く。


夕陽が傾く。


やがて。


エイミーが口を開いた。


「ノエリア」


「はい」


「あなたは何のために強くなりたいの?」


突然だった。


ノエリアは少し考える。


昔なら答えられなかった。


今は。


少しだけ違う。



ハイジの顔。


フィアの顔。


ダニー。


ジェイド。


ベル。


グレタ。


みんなが浮かぶ。


そして。


妖精の森で泣いていた少女。


助けられなかった誰か。


エスター。


エイミー。


色んな人の顔。


「守りたいから」


気づけば答えていた。


エイミーは静かに聞いている。


「誰かを」


「みんなを」


「それから」


少しだけ笑う。


「私自身も」



エイミーの瞳が少しだけ揺れた。


その答えは。


十五年前の誰かと少し似ていた。


でも決定的に違う部分もあった。


エスターは自分を後回しにした。


誰かのために傷つき続けた。


ノエリアは違う。


弱い自分も認めようとしている。


まだ不完全だけれど。


それが希望に見えた。



エイミーは微笑む。


「いい答えね」


ノエリアは少し照れる。


「ありがとうございます」


「明日」


エイミーが言う。


「私は試験官として立つ」


真っ直ぐな声。


「だから手加減はしない」


「はい」


「でも」


少しだけ柔らかくなる。


「楽しみにしている」


ノエリアの胸が高鳴る。


憧れの人が。


自分を見てくれている。



その夜。


寮の部屋。


ノエリアはベッドへ寝転がっていた。


窓の外には星空。


ベルが隣でごろごろしている。


『どう?』


「怖い」


『うん』


「でも」


少し考える。


そして笑った。


「頑張りたい」


ベルも笑う。


『うん』



同じ頃。


学園長室。


ゴードンは静かに窓の外を見ていた。


机の上には古い記録。


そこには十五年前の資料。


そして。


七歳のノエリアに関する記録。


ゴードンは小さく呟く。


「明日じゃな」


誰にも聞こえない声。


運命の歯車が動く音だけが。


静かに響いていた。


そして。


昇格試験当日の朝が訪れる。

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