第二十四話 笑顔の写真と、届かない想い
黒薔薇の庭園に夜風が吹く。
闇学校の本拠地――かつては美しい庭園だった場所は、今では黒い花々に覆われていた。
それでも中央にある東屋だけは、不思議と昔の面影を残している。
エスターはそこで一枚の写真を見つめていた。
まだ幼かった頃のエイミー。
隣で笑う自分。
そして後ろには優しく微笑む両親。
今では失われた時間だった。
「また見てるの?」
カリンがひょこっと顔を出す。
相変わらず軽い。
エスターは写真を閉じた。
「別に」
「嘘」
カリンは向かいへ座る。
「会いたいんでしょ?」
静かな沈黙。
エスターは答えない。
だが否定もしなかった。
カリンは小さくため息をつく。
「素直じゃないなぁ」
◇
一方その頃。
グランドフォール学園。
昇格試験まで残り四日。
学園内は少しずつ慌ただしくなっていた。
候補生たちは最後の追い込みに入っている。
ノエリアも例外ではなかった。
「はぁっ!」
大剣を振る。
汗が飛ぶ。
以前より明らかに動けている。
それでも。
「遅い」
ジェイドの木剣が肩へ当たる。
「うぅ……」
ノエリアがへたり込む。
ダニーが笑った。
「前より全然強いぞ」
「慰めになってない」
「本当だって」
◇
最近。
ノエリアは気づいていた。
ジェイドとダニーは似ている。
全然違うようで。
根っこの部分が。
ダニーは表に出す。
ジェイドは出さない。
でもどちらも仲間想いだ。
そして。
二人とも努力家だった。
「休憩」
ジェイドが言う。
四人は木陰へ移動する。
フィアはいつの間にかお菓子を出していた。
「どうぞぉ」
「なんで持ってるんだよ」
ハイジが呆れる。
フィアは笑った。
「備えあれば憂いなしだよぉ」
違う気がする。
◇
休憩中。
ダニーが突然言った。
「なあ」
全員を見る。
「卒業したらどうする?」
最近こういう話が増えた。
将来。
夢。
目標。
以前ならノエリアは聞くだけだった。
今は少し違う。
ハイジが答える。
「リミィジュになる」
即答。
誰も驚かない。
ダニーも頷く。
「俺も」
ジェイドも。
フィアも。
みんな自然にそう答える。
当然のように。
リミィジュになる。
それが夢。
それが目標。
それが当たり前。
◇
ノエリアだけが少し黙った。
自分はどうだろう。
リミィジュになりたい。
それは本当。
でも。
「まだ想像できない」
ぽつりと呟く。
ダニーが首を傾げる。
「なんで?」
「だって」
ノエリアは苦笑する。
「少し前まで適正値ゼロだったし」
ハイジが即座に言う。
「今もゼロだろ」
「そうだけど!」
全員が笑った。
ノエリアもつられて笑う。
不思議だった。
以前なら傷ついていた言葉なのに。
今は違う。
みんなが馬鹿にしていないと分かるから。
◇
その日の夕方。
ノエリアは図書館へ来ていた。
課題を返却するためだ。
グランドフォール学園の図書館は巨大だった。
天井まで届く本棚。
光る階段。
空中を飛ぶ整理妖精。
まるで魔法の城みたいな場所だ。
「返却完了っと」
受付を終えたとき。
奥の棚で誰かを見つけた。
金髪。
赤制服。
エイミーだった。
◇
彼女は本を読んでいた。
窓際の席。
夕陽が差し込んでいる。
綺麗だった。
ノエリアは思わず見とれる。
(絵になるなぁ)
すると。
エイミーが顔を上げた。
目が合う。
ノエリアは固まる。
エイミーは少し驚いた顔をしたあと、小さく微笑んだ。
「こんばんは」
「こ、こんばんは」
前回ほどパニックにはならなかった。
少しだけ成長。
たぶん。
「勉強?」
エイミーが聞く。
「返却です」
「そう」
短いやり取り。
でも嫌じゃない。
むしろ落ち着く。
◇
エイミーは本を閉じた。
表紙が見える。
歴代グランドリミィジュの記録。
ノエリアは少し目を丸くした。
「会長も読むんですね」
「当然よ」
エイミーは微笑む。
「学ぶことは多い」
そして少しだけ表情が変わる。
「特に今は」
その言葉の意味は分かった。
エスター。
姉のことだ。
ノエリアは少し迷った。
聞いていいのか。
でも。
気になった。
「会長」
「なに?」
「お姉さんのこと」
エイミーの指先が少し止まる。
◇
しばらく沈黙。
やがて。
エイミーは窓の外を見た。
夕陽が沈み始めている。
「好きだった」
静かな声。
「今も好き」
ノエリアは黙って聞く。
「優しかったの」
エイミーは少し笑う。
「なんでもできた」
勉強も。
運動も。
戦闘も。
誰からも好かれていた。
憧れだった。
自慢の姉だった。
「だから」
声が少し震える。
「助けたい」
その言葉は本物だった。
十五年。
ずっと諦めていない。
◇
ノエリアは思う。
すごい人だ。
自分なら。
そこまで頑張れるだろうか。
分からない。
でも。
「会長」
「なに?」
「きっと会長の気持ち、届くと思います」
思わず口から出た。
根拠はない。
でも。
そう思った。
エイミーは少し目を見開く。
そして。
ふっと笑った。
「ありがとう」
その笑顔は。
今まで見た中で一番柔らかかった。
◇
帰り道。
ノエリアは図書館を出る。
夕焼け空。
ベルが肩で笑っている。
『今のよかった』
「なにが」
『会長、嬉しかったと思う』
ノエリアは少し照れる。
そのとき。
校舎の向こうで鐘が鳴った。
昇格試験まで。
残り三日。
そして運命の歯車は。
少しずつ大きく動き始めていた。




