第二十三話 憧れの人と、越えたい壁
「試験官は生徒会長エイミー」
その一言の破壊力は凄まじかった。
Dクラス教室は静まり返り、数秒後に爆発した。
「うそだろ!?」
「生徒会長!?」
「Aクラスの!?」
ルークは半泣きになり、マルクですら珍しく目を見開いていた。
ハイジは真っ先に立ち上がる。
「面白ぇ!」
「面白くないよ!」
ノエリアは机へ突っ伏した。
「終わった……」
『まだ始まってないよ?』
ベルが正論を言う。
フィアがのんびり首を傾げる。
「なんで終わるのぉ?」
「だって相手エイミー先輩だよ!?」
学園最強クラス。
生徒会長。
ゴールドバッジ四つ。
誰もが認める天才。
そんな相手に評価されるのだ。
胃が痛くならない方がおかしい。
グレタは騒ぐ生徒たちを見渡した。
「勘違いするな」
教室が静かになる。
「試験官は評価者だ」
少し間を置く。
「倒す相手ではない」
全員が少し安心した。
ノエリアも安心した。
だが。
グレタは続けた。
「ただし模擬戦はある」
「安心を返してください!!」
教室中が吹き出した。
◇
放課後。
ノエリアは中庭の噴水前にいた。
最近のお気に入りの場所だ。
花が多くて落ち着く。
水面には夕陽が反射している。
ベルは噴水の縁へ座っていた。
『緊張してる?』
「してる」
即答だった。
『大丈夫』
「根拠は?」
『ない!』
「ないの!?」
いつも通りだった。
少しだけ気が楽になる。
ベルは笑う。
『でもね』
『エイミーは怖い人じゃないよ』
ノエリアは水面を見る。
それは知っている。
真面目で。
責任感が強くて。
妹を想う優しい人。
敵の姉を助けようと今も頑張っている。
憧れる部分もある。
だから余計緊張する。
「ちゃんと見られるのが怖い」
ぽつりと本音が出た。
ベルは少し黙った。
そして優しく言う。
『でも見てほしいんでしょ』
ノエリアは答えられなかった。
図星だったから。
◇
翌日。
自主練習場。
昇格候補者たちは特別訓練を受けていた。
ハイジ。
フィア。
ルーク。
そしてノエリア。
マルクは今回は対象外だったが、自主的に付き合ってくれている。
「もう一回!」
ハイジが叫ぶ。
訓練用の木人形が吹き飛ぶ。
相変わらずパワー型だ。
ルークも必死だった。
以前より動きが良い。
努力してきた成果が見える。
フィアは相変わらずふわふわしている。
でも以前より迷いが少ない。
カリンとの出会いが彼女を少し変えた。
そして。
「ノエリア」
声がした。
ジェイドだった。
ダニーも一緒だ。
最近この二人はよく練習に付き合ってくれる。
「模擬戦やるぞ」
「えぇ……」
逃げたい。
でも逃げられない。
◇
十分後。
ノエリアは地面へ転がっていた。
「痛い……」
ダニーが苦笑する。
「まただな」
ジェイドは木剣を下ろした。
「今のは悪くない」
「負けたけど」
「全部勝つ必要はない」
ジェイドらしい言葉だった。
ノエリアは起き上がる。
最近少し分かってきた。
ジェイドは褒めるのが下手だ。
でもちゃんと見ている。
だから言葉が重い。
「試験怖い」
思わず漏れる。
ダニーが笑う。
「そりゃみんなだろ」
「ダニーも?」
「当たり前だ」
意外だった。
いつも自信満々に見える。
ダニーは頭を掻く。
「でもさ」
少し照れくさそうに言う。
「怖いからやめるって選択肢ないだろ」
ノエリアは黙る。
その通りだった。
◇
その日の帰り道。
夕焼けの回廊。
ノエリアはひとりで歩いていた。
すると前方から誰かが来る。
赤制服。
長い金髪。
エイミーだった。
思わず固まる。
エイミーも足を止めた。
一瞬の沈黙。
ノエリアの心臓が暴れ始める。
(どうしよう)
(どうしよう)
(どうしよう)
エイミーが先に口を開いた。
「こんばんは」
「こ、こんばんは!」
声が裏返った。
恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
だがエイミーは気にしていない様子だった。
少しだけ微笑む。
「練習帰り?」
「はい」
「頑張っているみたいね」
ノエリアは目を丸くした。
見られていた。
なんだか嬉しい。
でも恥ずかしい。
複雑だ。
エイミーは少しだけ窓の外を見る。
夕焼けが金髪を染めている。
「昇格試験」
静かな声。
「不安?」
ノエリアは迷った。
でも。
この人に嘘はつきたくなかった。
「すごく」
正直に答える。
エイミーは小さく頷く。
「そう」
それだけだった。
でも。
次の言葉は意外だった。
「私も不安だった」
ノエリアは驚く。
「え?」
エイミーが?
学園最強クラスの?
生徒会長の?
「最初から全部できたわけじゃない」
少しだけ遠くを見る。
「怖いこともあった」
その横顔は。
いつもより少しだけ年相応だった。
完璧に見える人も。
悩むのだ。
迷うのだ。
ノエリアは少しだけ安心する。
エイミーは再び彼女を見る。
「だから」
穏やかな声。
「試験の日は、今のまま来なさい」
「今のまま?」
「ええ」
小さく笑う。
「あなたは、それが一番いい」
ノエリアはしばらく言葉を失った。
エイミーは軽く会釈して歩き出す。
赤制服が夕暮れの回廊を進んでいく。
その背中を見送りながら。
ノエリアは胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。
そして気づかなかった。
二階の渡り廊下から。
アンナとウィリアムがその様子を見ていたことに。
「会長、めっちゃ優しいやん」
アンナが笑う。
ウィリアムは眼鏡を押し上げた。
「期待しているのでしょう」
二人の視線の先。
ノエリアはまだ立ち尽くしていた。
試験の日まで、あと五日。
そしてその頃。
学園から遠く離れた黒薔薇の庭園では。
エスターが静かに夜空を見上げていた。
その手には、一枚の古びた写真。
そこに写るのは幼いエイミーと――
まだ笑っていた頃の自分だった。




