第二十二話 それぞれの憧れ
エスターと遭遇した妖精の森での演習から三日後。
グランドフォール学園は表面上こそ普段通りだったが、教師陣と生徒会は明らかに慌ただしくなっていた。
巡回する教師が増えた。
結界点検も頻繁に行われている。
北門周辺では上級生たちが訓練を兼ねた警備を担当していた。
だが、生徒たちの日常まで止めるわけにはいかない。
朝の鐘が鳴れば授業が始まり、放課後になれば自主練習や部活動で校内は賑わう。
それが学園だった。
◇
「ノエリアー!」
昼休み。
中庭へ出た瞬間、ダニーが手を振っていた。
最近すっかりいつもの光景になっている。
フィアは芝生に座り、お菓子を食べている。
ハイジは木陰で腕立て伏せをしていた。
「休憩しろよ!」
「これが休憩だ!」
意味がわからない。
ジェイドは読書中だった。
ノエリアは自然とその輪へ向かう。
入学した頃なら考えられなかった。
自分から誰かのところへ行くなんて。
「何の話してたの?」
そう聞くと。
ダニーが嬉しそうに言った。
「将来の話!」
ノエリアは少し驚く。
「将来?」
◇
「俺はAクラス行く」
ダニーが即答する。
全員が予想していた。
「その先は?」
ノエリアが聞く。
「最強」
即答だった。
ハイジが吹き出す。
「雑!」
「わかりやすいだろ!」
ダニーらしい。
でもその目は真剣だった。
「ジェイドに追いつきたいし」
ぽつりと本音が漏れる。
ジェイドが顔を上げる。
「無理だな」
「お前な!」
いつもの流れだった。
でも。
ダニーは本気で憧れている。
幼い頃からずっと。
その関係をノエリアも少しずつ理解してきていた。
◇
「ハイジは?」
フィアが聞く。
ハイジは少し考える。
そして笑った。
「強くなる」
「またそれ」
ノエリアが笑う。
ハイジは腕を組む。
「でも理由はある」
珍しかった。
ハイジが真面目な顔をするのは。
「昔さ」
少しだけ遠くを見る。
「妹がいたんだ」
全員が黙る。
ハイジが家族の話をするのは初めてだった。
「病弱だった」
短い言葉。
「俺は何もできなかった」
だから。
強くなりたい。
守れるようになりたい。
単純だけど。
ずっと変わらない理由。
ノエリアは少しだけ胸が痛くなる。
みんなそれぞれ抱えている。
◇
「フィアちゃんはぁ」
ダニーが聞く。
フィアは少し考える。
「うーん」
本当に考えている。
全員待つ。
一分後。
「みんなが笑ってるといいなぁ」
全員が納得した。
あまりにもフィアらしい。
「だから強くなりたい」
その言葉は意外だった。
フィアは向上心が薄い。
それが彼女の弱点でもある。
でも。
「泣いてる人見るの嫌だもん」
その優しさは本物だった。
ノエリアは少し笑う。
カリンと出会ったことで。
フィア自身も少し変わり始めていた。
◇
「ジェイドは?」
今度はノエリアが聞く。
ジェイドは本を閉じた。
少し考える。
そして。
「守るため」
短い。
でも。
なぜかそれ以上聞けなかった。
ジェイドは多くを語らない。
でも最近わかってきた。
この人は行動で示す人だ。
言葉より先に助ける。
言葉より先に支える。
そういう人。
ダニーがニヤニヤしている。
「誰を?」
ジェイドが無言で本を投げた。
ダニーの頭へ命中。
◇
「ノエリアは?」
突然聞かれる。
全員の視線が集まる。
ノエリアは固まった。
自分の夢。
将来。
目標。
考えたことはある。
でも。
「私なんて」
言いかけて。
止まる。
最近少しだけ変わった。
前ならそこで終わっていた。
今は違う。
考える。
みんなの顔を見る。
ベルも見ている。
「……まだわからない」
正直に答えた。
「でも」
続ける。
「みんなと一緒に進みたい」
静かな言葉。
ハイジが笑う。
「らしいな」
フィアも嬉しそうだった。
ダニーは大きく頷く。
ジェイドは小さく微笑んだ。
ベルは泣いていた。
『成長したぁ』
「泣くところ!?」
◇
その日の放課後。
Dクラスへ一枚の通知が届く。
グレタが教室へ入ってくる。
「査定結果が出た」
空気が変わる。
全員が姿勢を正す。
月例査定。
学園で最も重要な評価制度。
クラス昇格に直結する。
グレタは紙を開いた。
「まずルーク」
緊張が走る。
「昇格候補」
ルークが固まる。
「え?」
「努力が評価された」
ルークの目が潤む。
◇
「マルク」
「現状維持」
頷く。
予想通りだった。
◇
「フィア」
少し間。
「昇格候補」
フィアが目を丸くする。
「ほんとぉ?」
グレタが頷く。
「判断力評価が高い」
フィアは照れくさそうだった。
◇
「ハイジ」
「昇格候補」
当然だった。
本人も笑う。
◇
そして。
教室が静かになる。
「ノエリア」
心臓が跳ねる。
グレタは紙を見る。
少しだけ目を細めた。
「査定委員会で議論になった」
教室がざわつく。
「前例がない」
ノエリアの喉が鳴る。
「適正値ゼロ」
「はい」
「だが実績がある」
沈黙。
そして。
「昇格候補」
ノエリアの思考が止まった。
◇
「え?」
声が漏れる。
「え?」
もう一度。
「えええええ!?」
教室中が笑った。
ハイジが立ち上がる。
「やったじゃん!」
フィアも拍手する。
ダニーまで喜んでいる。
ジェイドは当然という顔だった。
ノエリアだけが現実についていけない。
昇格。
自分が。
本当に。
グレタは少しだけ笑った。
「ただし」
全員が静かになる。
「最終試験がある」
そう。
昇格候補は確定ではない。
最後に試験がある。
そして。
グレタは続ける。
「今回は特別だ」
嫌な予感。
ノエリアが震える。
「昇格試験は合同形式」
「合同?」
「Aクラス立会い」
教室が凍る。
そして。
次の一言で完全に固まった。
「試験官は生徒会長エイミー」
ノエリアの顔から血の気が引いた。
遠く離れた生徒会室では。
エイミーもまた。
静かに試験資料へ目を通していた。
その視線の先には。
ノエリア・ルミナス。
という名前が記されていた。




