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『適正値ゼロのリミィジュ』(完全版)  作者: 柑橘みかん


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第二十一話 ベルが選ばなかった未来

妖精の森の演習は、その後すぐ中断された。


エスター出現。


それだけで十分すぎる非常事態だった。


学園側の結界管理部隊が到着し、全チームへ帰還命令が出される。森の入口では教師陣や生徒会メンバーが待機しており、普段は冷静なグレタですら珍しく険しい顔をしていた。


だがノエリアの頭の中は、それどころではなかった。


ベルの言葉が離れない。


――ぼく、エスターのパートナー候補だったんだ。


帰還用馬車の中。


いつも騒がしいダニーでさえ黙っていた。


ジェイドは窓の外を見つめている。


フィアだけがベルの様子を心配そうに見ていた。


「ベルちゃん」


『……』


「無理に話さなくていいよぉ」


ベルは小さく首を振った。


『ううん』


そしてノエリアを見る。


『話す』


その声はいつもよりずっと静かだった。



その日の夜。


ノエリアたちはグレタの許可をもらい、西棟の小さな談話室へ集まっていた。


丸いテーブル。


温かい紅茶。


窓の外には学園の夜景。


本来なら穏やかな場所だ。


だが今は誰もお茶を飲んでいない。


ベルはテーブルの中央に座っていた。


小さな体が少し縮こまっている。


ノエリアは何も急かさなかった。


ただ待った。


やがてベルが口を開く。


『十五年前』


『ぼくは今よりずっと若かった』


「妖精も年取るの?」


ダニーが思わず聞く。


『そこじゃない』


全員に突っ込まれた。


少しだけ空気が緩む。


ベルも少し笑った。


そして続ける。


『エスターは特別だった』


静かな声。


『誰より強かった』


『誰より優しかった』



十五年前。


エスターは学園始まって以来の天才だった。


入学時点でゴールドバッジ三つ。


当時の記録。


教師たちですら驚愕した才能。


剣術。


魔法。


判断力。


精神力。


全てが規格外。


グランドリミィジュ候補として期待されていた。


『でもね』


ベルは少し目を伏せた。


『エスターがすごかったのは強さじゃない』


『誰かを助けたいって気持ちだった』


森で迷った生徒。


失敗して落ち込む後輩。


傷ついた仲間。


誰かが困っていると必ず手を差し伸べた。


だから皆に慕われた。


教師も。


生徒も。


妖精たちも。


『ぼくも』


ベルが笑う。


少し懐かしそうに。


『大好きだった』


ノエリアは黙って聞いていた。


自然と胸が痛くなる。


今日会ったエスターからも、少しだけその面影を感じたからだ。



「じゃあなんで」


ハイジが言う。


「闇堕ちしたんだ」


部屋が静かになる。


ベルの耳が下がる。


『守れなかったから』


短い言葉だった。


でも重かった。


『大切な人を』


ノエリアは息を呑む。


エスターの家族。


エイミー。


そして両親。


設定として知っている話だった。


けれど今、初めて現実味を持つ。


『頑張ったんだよ』


ベルの声が震える。


『本当に』


『いっぱい頑張った』


『いっぱい戦った』


『いっぱい助けた』


『でも間に合わなかった』


部屋に沈黙が落ちる。


誰も軽々しく何も言えない。


ベルは続ける。


『その時』


『闇が近づいた』



ベルは知っている。


あの日のことを。


エスターが泣いていたことを。


誰にも見せたことのない顔で。


『なんで』


『なんで守れなかったの』


『私は頑張ったのに』


『もっと強ければ』


『もっと早ければ』


『もっと』


『もっと』


その心の隙間へ。


闇は入り込んだ。


『頑張っても意味がない』


『救えないなら全部壊してしまえばいい』


『最初からやり直せばいい』


そんな言葉を囁きながら。



ベルは俯く。


『ぼくは止められなかった』


誰も何も言えない。


『だから』


『ぼくはエスターを選ばなかった』


その言葉に。


ノエリアは気づく。


ベルがずっと抱えていた後悔に。


もしあの時。


正式契約していたら。


もしグランドリミィジュになっていたら。


結果は違ったのかもしれない。


そんな後悔。


『でも』


ベルはノエリアを見る。


『今は違う』


真っ直ぐな目だった。


『ぼくはノエリアを選んだ』


ノエリアの胸が熱くなる。


ベルは続ける。


『似てるんだ』


「私が?」


『うん』



自信がない。


失敗を引きずる。


自分を責める。


誰かを助けたい。


全部似ている。


だからベルは怖かった。


ノエリアも同じ道を辿るかもしれないと。


『でも違う』


ベルは笑う。


『ノエリアはひとりじゃない』


ハイジがいる。


フィアがいる。


ジェイドがいる。


ダニーがいる。


そして。


ベル自身もいる。


『だから大丈夫』


その言葉に。


ノエリアは少しだけ目が熱くなった。



その頃。


学園本部棟。


校長室。


ゴードン校長は静かに窓の外を見ていた。


向かいにはエイミー。


生徒会長。


「会ったそうじゃな」


エスターに。


エイミーは拳を握る。


「はい」


声は震えていた。


会いたかった。


ずっと。


でも。


会えたのに何もできなかった。


ゴードンは静かに言う。


「焦るな」


「……」


「お主だけでは届かん」


エイミーは顔を上げる。


ゴードンの視線は遠くを見ていた。


まるで未来を見るように。


「じゃが」


「届く者がおるかもしれん」


エイミーの脳裏に浮かぶ。


ピンク髪の少女。


適正値ゼロ。


なのに何度も立ち上がる少女。


ノエリア。


ゴードンも同じ人物を思い浮かべていた。


十五年前に止まった運命が。


少しずつ動き始めている。


そしてその中心には。


間違いなくノエリアがいた。

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