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『適正値ゼロのリミィジュ』(完全版)  作者: 柑橘みかん


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第二話 最底辺クラスの朝

グランドフォール学園の朝は早い。


まだ日が昇りきる前から、訓練場では木剣の打ち合う音が響き、校舎の回廊では上級生たちが走り込みをしている。風に揺れる制服の裾、鋭い号令、整えられた動き。そのすべてが、この学園が普通の学校ではないことを物語っていた。


ノエリアは寮の窓からその光景を見下ろし、布団を頭までかぶった。


(帰りたい……)


入学初日の朝に抱く感想としては、あまりにも情けない。


昨日は歓迎会や寮の説明が続き、気づけば流されるように一日が終わっていた。けれど、眠って起きれば現実に戻る。自分はここで学ぶことになった。適正値ゼロのまま。


「……無理だよぉ」


小さく呟きながら布団の中で丸くなる。


すると次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。


「起きろーっ!」


ドン、と扉が壁にぶつかる音と同時に、ハイジの声が響く。


ノエリアは飛び起きた。


「ひゃあっ!?」


「遅刻するぞ!」


赤いショートヘアを揺らしながら、ハイジが仁王立ちしている。なぜ女子寮の個室に当然のように入ってこれるのかという疑問より先に、ノエリアの思考は停止した。


「な、なんでここに!?」


「Dクラスの部屋、同じ階だし」


まったく悪びれない。


その後ろから、ゆっくりとフィアが顔を出した。


「朝ごはんの時間、もうすぐ終わるよぉ」


片側三つ編みを揺らしながら、眠たそうに微笑んでいる。


ノエリアは慌てて時計を見る。


「うそっ!?」


完全に寝坊だった。


数分後、制服のリボンを斜めにつけたまま廊下を走るノエリアの姿があった。


「待ってぇぇ!」


「遅い!」


「転ばないでねぇ」


フィアのその一言の直後、本当に転びかけた。


「きゃっ!」


廊下の角で足をもつれさせ、前のめりになる。だがその体を、誰かの腕が支えた。


「危ない」


低く落ち着いた声だった。


顔を上げると、金髪の少年が無表情にこちらを見ていた。整った顔立ちに、涼しい目元。制服は青――Bクラス所属を示すシルバーバッジの上位帯だった。


ノエリアは固まる。


「……あ」


「立てるか」


「あ、はいっ!」


慌てて離れる。勢いよく頭を下げた。


「す、すみませんでした!」


少年は少しだけ眉を動かした。


「謝ることじゃない」


それだけ言うと、後ろから来た青髪の少年が大声で笑った。


「ジェイド、朝から女の子助けてんじゃん!」


「うるさい」


「照れてる?」


「黙れ」


青髪の少年は肩までの髪を揺らしながら、にかっと笑う。人懐っこい笑顔だった。


「俺ダニー! そっちはジェイド! 新入生だろ?」


「は、はい……Dクラスのノエリアです」


「Dか! いいじゃん、これからだろ!」


あまりにも迷いなくそう言われ、ノエリアはきょとんとする。


ハイジが横から腕を組む。


「朝からうるさいな、お前」


「なんだよ、赤頭」


「誰が赤頭だ!」


一瞬で言い合いが始まる。


ジェイドは小さくため息をつき、ノエリアを見た。


「食堂、急いだ方がいい」


「あっ、はい!」


その一言で我に返り、ノエリアたちは再び走り出した。


去り際、ダニーの声が背中から飛ぶ。


「またな、ゼロちゃん!」


「その呼び方やめてぇぇ!」


朝の学園に、ノエリアの悲鳴が響いた。


食堂はすでに人で埋まっていた。Aクラスの赤制服、Bクラスの青制服、C・Dクラスの緑制服。それぞれの色が混ざり合い、まるで一つの国のような賑わいだった。


ノエリアたちは端の席に座る。


ハイジは山盛りのパンを取り、フィアはスープをじっと見つめている。


「……フィア、食べないの?」


「熱いんだよねぇ」


「冷ませばいいだろ」


「待ってるのぉ」


ハイジが呆れたように笑う。


ノエリアはそんな二人を見て、少しだけ肩の力が抜けた。


昨日まで、自分には何もないと思っていた。


でも、こうして話しかけてくれる人がいる。


それだけで、世界は少し違って見えた。


そのとき、食堂全体がざわめいた。


入口から赤制服の三人が入ってくる。


エイミー、アンナ、ウィリアム。


新入生でありながらAクラスに配属された、生徒会候補の最有力たちだった。


エイミーは金髪を揺らしながら真っ直ぐ歩く。背筋が伸び、視線ひとつで周囲が静まるような気品がある。


アンナは柔らかな笑みを浮かべながらも、どこか鋭い目をしていた。


「朝から視線すごいなぁ」


ウィリアムは眼鏡を押し上げ、冷静に周囲を見ている。


ハイジが舌打ちする。


「エリート様ご登場ってか」


フィアはのんびりパンをちぎった。


「すごいねぇ」


ノエリアも思わず見つめる。


世界が違う人たちだ、と素直に思った。


その瞬間。


エイミーの視線が、こちらへ向いた。


一瞬だけ。


だが確かに、ノエリアを見た。


ノエリアは反射的に背筋を伸ばす。


しかしエイミーは何も言わず、そのまま通り過ぎていった。


「……い、今」


「見られてたな」


ハイジがにやりと笑う。


「有名人だからじゃない?」


「ゼロの子って」


ノエリアはパンを落としかけた。


(やっぱり目立ってる……!)


気まずさで縮こまるノエリアをよそに、朝食はあっという間に終わる。


そして一限目。


新入生合同授業――リミィジュ基礎戦闘学。


訓練場に集められた全クラスの生徒たちの前で、教師グレタが腕を組んでいた。長身で厳しそうな女性だが、その目には不思議な優しさがある。


「今日見るのは実力じゃない。心構えだ」


低く通る声が響く。


「リミィジュは、力だけでは続かない」


その言葉に、多くの生徒が真剣な顔になる。


グレタは木剣を地面へ突き立てた。


「では、二人一組で模擬戦を行う」


ざわめきが起こる。


ノエリアの顔色が変わる。


(えっ、初日から!?)


ハイジは拳を鳴らした。


「面白い」


フィアは首を傾げる。


「痛いやつかなぁ」


ノエリアだけが青ざめていた。


グレタの視線が名簿へ落ちる。


「最初の組み合わせは――」


嫌な予感がした。


そして、たいていそういう予感は当たる。


「ノエリア」


「ひっ」


「前へ出ろ」


訓練場中の視線が、一斉に集まった。

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